カクヨム
前のエピソード――ウイングと一緒に行こう
遺跡へ行こう
待ち合わせ場所の酒場にたどり着いた。
辺りはすっかり暗くなり、点々と設置された灯りが、白い砂レンガの壁を煌々と照らしている。
「こっちは貧民スラム街だな。ゼラ公もお前も、あんま危ねえとこに行くなよー」
「や、知りませんでした」
確かに――昼は気づかなかったが、『自由の翼団』宿がある町並みと比べて、ここは建物の壁や地面の舗装が所々剥げている。
明確に区分けされているわけでもなさそうだが、ウイングの言う通り、この辺は貧困層の住む区画らしい。
と、言うのも、昼は人通りが少なかったのに、今はガタイの良い人々が、あちこちで地べたに座り、酒盛りをしている。
昼はただの閑散とした街路だったのが、夜はあっという間にスラムストリートである。
設置された灯りも、よく見ると魔晶を使用した街灯ではなく、缶に木材を入れて燃やしている粗末なものだ。
「なんか⋯⋯原始的、ですね」
「外面は立派な王都なんだがな。内部のインフラ整備にまで手が回ってないのかね」
王都に来るまでの道のりは、荒野だったとはいえ、きちんと道は舗装されていた。
途中宿泊した小さな村もそうだ。灯りはきちんと魔晶が使われていた。
何故、サンドランドの心臓部たるこの王都の、貧民街だけが、こんなに荒んでいるのだろうか。
「……いや。恐らくだが、この区域は魔法劣等プーアの労働者が集められた飯場か何かだろうな」
「プーア……?」
「元お坊ちゃんには馴染みがねーか。魔法適正が薄く、魔法関連の職業に就けない人間の事だ。昼は肉体労働に駆り出されて、夜はここで休んでんだろ」
「……奴隷労働って事ですか?」
「そこまでとは言わねーが、この国、いやこの世よにおいて、地位が低いのは確かだな」
魔法の優劣が権威に繋がる――以前女神ユノが言っていた事だが、その実情を初めて目の当たりにした。
人の体表に現れる、石に似た器官、マナリヤ。それが小さかったり、そもそも無かったりする人間は、地位の低い生活を送らざるを得ない。
アンジェリカも生まれる場所が違ったら、こうして――。
「……行きましょう」
「ああ、今は目の前の事に集中だな」
俺は頭を振り、脳裏に浮かんだ少女の顔を掻き消し、酒場の扉を開いた。
酒場の中は労働者で一杯……かと思いきや、アーリアと、豪奢な服に身を包んだ長身の男だけが待ち構えていた。
「待っていたわ」
アーリアは俺の顔を見て、それからウイングに視線を移し、怪訝そうに片眉を上げる。
「……そっちの男性ひとは?」
「ゼラは置いてきた。こっちは俺の所属する団の団長だ。そちらこそ、その男は誰だ?」
俺が目を向けると、男は腰を直角に折ってお辞儀する。
「私わたくし、マウロと申します……スン」
顔を上げた男――マウロは、むず痒そうに鼻を啜った。
歳は三十代半ばほどだろうか。眉が太く、鋭い犬歯が目立つ野性的な顔立ちだが、所作は粗野ではなく、身なりはきちんと整えられている。
「失敬、酒場ここはあまり、空気が合わないもので、スン、スン」
「私の秘密基地を悪く言わないで頂戴。気にしないで、昼間に話した協力者っていうのがこのマウロよ」
「アーリアの冒険者稼業の手助けをしているって言う……?」
「ええ。こんな顔でも、一応貴族よ」
「一応、ですはい……おや、スン、スン」
マウロは鼻を鳴らしながら、俺に近寄って来る。不気味さを覚え、足を一歩引くと、ウイングが間に割って入った。
「失礼。許可なくウチの団員を匂うのはやめてくれねーかね」
「おっと失敬。なにやら、嗅ぎ覚えがあったもので」
そう言われ、俺は自分の腕を嗅いだ。特に、記憶に残る様な、強烈な臭いはしない……はずだ。
「アンタ、そこのお嬢さんのパトロンなんだってな? なんだってそんな事をしてんだ?」
「アーリア様の活動は、南大陸の活性化に繋がりますです。依頼報酬を魔法劣等プーアへの福祉へ回して労働環境の改善、地方や貧民街への慰問を行い、事実、労働者の活気が取り戻されたとの実証があります、はい。我が国は資源が少なく、労働者の存在は無くてはならないものであり……」
「はーん、ご立派な事で」
マウロがつらつらと語る内容を整理すると、つまり――。
アーリアは冒険者稼業の報酬金を、魔法劣等プーアへの労働環境改善に充てている。
それは本来、国を治める王や貴族が成すべきことだろうが、未来を見据え、先んじているのがこのマウロというわけか。
……しかし、何故アーリアがそれを行う必要がある?
一国の王女が、王親の命令に背いて、危険に身を晒してまでやる事だろうか?
アーリアは見目麗しいと言える容姿ではあるが、それこそどこかで見栄えのいい冒険者を拾ってきて、代役に立てればいいのではないのか。
「あーそう、ふーん、へー」
「……というわけでして、はい」
ウイングが適当な相槌を打っていると、ようやくマウロの話が終わった。
それを見計らったのか、アーリアが立ち上がり、連接棍の柄で床を叩く。
「喋りすぎよ、マウロ。早くしないと時間が無くなるわ」
「失礼いたしました、アーリア様。それでは早速参りましょう、はい」
「おいおい待てよ、まだ迷宮に侵入する為の説明を聞いてねーぞ。遺跡の周りは、見張りの兵隊さんで一杯だって言うじゃねーか」
ウイングは肩を竦めながら言う。
マウロが軽く頭を下げ、その疑問に返答した。
「これは失礼。これからアーリア様とシャーフコウハイ殿、それからウイング殿には、兵への補給を運ぶマナカーゴに潜んでいただきます、はい。機を見てそこから抜け出し、遺跡入口の見張りは私どもの息がかかっておりまして、既に話を通しております」
「……あの、俺の名前はシャーフです」
「おお、これまた失礼。アーリア様からそう聞いていたものでして、はい」
「あら、そうだったの? そういう事は先に言いなさいよね」
ゼラの馬鹿たれめ。その場で即座に訂正しなかった俺も悪いが。
それにしても、結構穴だらけの計画に聞こえるが、大丈夫なのだろうか。
「万が一失敗しても、お前たちの身の安全は保障するから安心なさい。だから、迷宮攻略の事だけを考えていて」
「ああ、分かった。迷宮は……俺の命に代えても踏破する」
と言っても、いくらでも替えがある、安い命ではあるが。
***
「一番奥の木箱が空になっておりますので、そこにお入り下さい、はい」
㊴Bヘ続く
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前のエピソード――ウイングと一緒に行こう
遺跡へ行こう
待ち合わせ場所の酒場にたどり着いた。
辺りはすっかり暗くなり、点々と設置された灯りが、白い砂レンガの壁を煌々と照らしている。
「こっちは貧民スラム街だな。ゼラ公もお前も、あんま危ねえとこに行くなよー」
「や、知りませんでした」
確かに――昼は気づかなかったが、『自由の翼団』宿がある町並みと比べて、ここは建物の壁や地面の舗装が所々剥げている。
明確に区分けされているわけでもなさそうだが、ウイングの言う通り、この辺は貧困層の住む区画らしい。
と、言うのも、昼は人通りが少なかったのに、今はガタイの良い人々が、あちこちで地べたに座り、酒盛りをしている。
昼はただの閑散とした街路だったのが、夜はあっという間にスラムストリートである。
設置された灯りも、よく見ると魔晶を使用した街灯ではなく、缶に木材を入れて燃やしている粗末なものだ。
「なんか⋯⋯原始的、ですね」
「外面は立派な王都なんだがな。内部のインフラ整備にまで手が回ってないのかね」
王都に来るまでの道のりは、荒野だったとはいえ、きちんと道は舗装されていた。
途中宿泊した小さな村もそうだ。灯りはきちんと魔晶が使われていた。
何故、サンドランドの心臓部たるこの王都の、貧民街だけが、こんなに荒んでいるのだろうか。
「……いや。恐らくだが、この区域は魔法劣等プーアの労働者が集められた飯場か何かだろうな」
「プーア……?」
「元お坊ちゃんには馴染みがねーか。魔法適正が薄く、魔法関連の職業に就けない人間の事だ。昼は肉体労働に駆り出されて、夜はここで休んでんだろ」
「……奴隷労働って事ですか?」
「そこまでとは言わねーが、この国、いやこの世よにおいて、地位が低いのは確かだな」
魔法の優劣が権威に繋がる――以前女神ユノが言っていた事だが、その実情を初めて目の当たりにした。
人の体表に現れる、石に似た器官、マナリヤ。それが小さかったり、そもそも無かったりする人間は、地位の低い生活を送らざるを得ない。
アンジェリカも生まれる場所が違ったら、こうして――。
「……行きましょう」
「ああ、今は目の前の事に集中だな」
俺は頭を振り、脳裏に浮かんだ少女の顔を掻き消し、酒場の扉を開いた。
酒場の中は労働者で一杯……かと思いきや、アーリアと、豪奢な服に身を包んだ長身の男だけが待ち構えていた。
「待っていたわ」
アーリアは俺の顔を見て、それからウイングに視線を移し、怪訝そうに片眉を上げる。
「……そっちの男性ひとは?」
「ゼラは置いてきた。こっちは俺の所属する団の団長だ。そちらこそ、その男は誰だ?」
俺が目を向けると、男は腰を直角に折ってお辞儀する。
「私わたくし、マウロと申します……スン」
顔を上げた男――マウロは、むず痒そうに鼻を啜った。
歳は三十代半ばほどだろうか。眉が太く、鋭い犬歯が目立つ野性的な顔立ちだが、所作は粗野ではなく、身なりはきちんと整えられている。
「失敬、酒場ここはあまり、空気が合わないもので、スン、スン」
「私の秘密基地を悪く言わないで頂戴。気にしないで、昼間に話した協力者っていうのがこのマウロよ」
「アーリアの冒険者稼業の手助けをしているって言う……?」
「ええ。こんな顔でも、一応貴族よ」
「一応、ですはい……おや、スン、スン」
マウロは鼻を鳴らしながら、俺に近寄って来る。不気味さを覚え、足を一歩引くと、ウイングが間に割って入った。
「失礼。許可なくウチの団員を匂うのはやめてくれねーかね」
「おっと失敬。なにやら、嗅ぎ覚えがあったもので」
そう言われ、俺は自分の腕を嗅いだ。特に、記憶に残る様な、強烈な臭いはしない……はずだ。
「アンタ、そこのお嬢さんのパトロンなんだってな? なんだってそんな事をしてんだ?」
「アーリア様の活動は、南大陸の活性化に繋がりますです。依頼報酬を魔法劣等プーアへの福祉へ回して労働環境の改善、地方や貧民街への慰問を行い、事実、労働者の活気が取り戻されたとの実証があります、はい。我が国は資源が少なく、労働者の存在は無くてはならないものであり……」
「はーん、ご立派な事で」
マウロがつらつらと語る内容を整理すると、つまり――。
アーリアは冒険者稼業の報酬金を、魔法劣等プーアへの労働環境改善に充てている。
それは本来、国を治める王や貴族が成すべきことだろうが、未来を見据え、先んじているのがこのマウロというわけか。
……しかし、何故アーリアがそれを行う必要がある?
一国の王女が、王親の命令に背いて、危険に身を晒してまでやる事だろうか?
アーリアは見目麗しいと言える容姿ではあるが、それこそどこかで見栄えのいい冒険者を拾ってきて、代役に立てればいいのではないのか。
「あーそう、ふーん、へー」
「……というわけでして、はい」
ウイングが適当な相槌を打っていると、ようやくマウロの話が終わった。
それを見計らったのか、アーリアが立ち上がり、連接棍の柄で床を叩く。
「喋りすぎよ、マウロ。早くしないと時間が無くなるわ」
「失礼いたしました、アーリア様。それでは早速参りましょう、はい」
「おいおい待てよ、まだ迷宮に侵入する為の説明を聞いてねーぞ。遺跡の周りは、見張りの兵隊さんで一杯だって言うじゃねーか」
ウイングは肩を竦めながら言う。
マウロが軽く頭を下げ、その疑問に返答した。
「これは失礼。これからアーリア様とシャーフコウハイ殿、それからウイング殿には、兵への補給を運ぶマナカーゴに潜んでいただきます、はい。機を見てそこから抜け出し、遺跡入口の見張りは私どもの息がかかっておりまして、既に話を通しております」
「……あの、俺の名前はシャーフです」
「おお、これまた失礼。アーリア様からそう聞いていたものでして、はい」
「あら、そうだったの? そういう事は先に言いなさいよね」
ゼラの馬鹿たれめ。その場で即座に訂正しなかった俺も悪いが。
それにしても、結構穴だらけの計画に聞こえるが、大丈夫なのだろうか。
「万が一失敗しても、お前たちの身の安全は保障するから安心なさい。だから、迷宮攻略の事だけを考えていて」
「ああ、分かった。迷宮は……俺の命に代えても踏破する」
と言っても、いくらでも替えがある、安い命ではあるが。
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「一番奥の木箱が空になっておりますので、そこにお入り下さい、はい」
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