ゼラは無言で刀身や魔晶をペタペタと触り、様々な角度から眺める。
その顔には相変わらず無表情が張り付いており、嬉しいのか不満なのか判別できない。
「⋯⋯なあ、何も言わないなら表情で表してくれないと、こっちも困るんだが」
「私とて、好きで無表情でいるのではありません。私が偉いひとの跡継ぎだという話はしましたが、その教育のせいなのです」
「無表情でいる事が、教育⋯⋯?」
「周りは『せいてき』だから、感情を読まれることなかれ、と。赤ん坊のころから毎日のように言い聞かされてきました」
せいてき⋯⋯政敵?
やっぱりこいつは、どこかの貴族の子女だったのだろうか。立ち振る舞いは優雅さのかけらも無いし、むしろ野生児っぽいが、このワガママさは貴族っぽい⋯⋯のか?
「まあ、私は顔立ちは整っていますから、表情がなくても、こう⋯⋯色々大丈夫でしょう」
「ふわっとしてるな⋯⋯故郷に帰りたいとは思わないのか?」
「それは思いますとも。その前に、アンジェリカのパイを口にしてからです。シャーフ後輩の百億万倍美味しいという、伝説のパイを」
「盛り過ぎだ。そしてそんな単位は存在しない」
まさかこいつ、俺がアンジェリカを探し出すまでついてくるつもりか?
結局感謝の言葉もなかったし⋯⋯こんなクソガキを連れて、いつ探し出せるかもわからない旅をするとは、気が重くなる。
「まあ、でも、そうですね――」
ゼラは短剣を鞘に納め、俺の前に立った。
「魔法は割と冗談のつもりでしたが、ありがとうです。嬉しいですよ」
「冗談だったのかよ⋯⋯」
「私も貰ってばかりでは悪いので、お礼として、私を一生養う権利をあげましょう」
「それも冗談だよな?」
冗談だと信じたい。こんなクソガキを養う余裕など、俺にはない。
しかし、ハゲに媚を売った俺の苦労はなんだったのか⋯⋯。
「ゼラ公ァ! オレの大切な帽子になにしやがる!」
「私ではありません、これはシャーフ後輩がやれと命じました。さて一足先に走って来ます」
俺が肩を落としていると怒り狂ったウイングがやって来て、ゼラはその俊足で逃げてしまった。
「クソ、逃げ足早えな⋯⋯シャーフ、あいつを見かけたらオレの代わりに⋯⋯」
「ビンタしておけばいいですか?」
「それもだが、伝えとけ。今日の夜に発つぞ、ってな」
発つ――出発するということ。
それはつまり、次の目的地へ向かうということ。
「いや団長、路銀は? 南大陸を横断できるほど貯まったんですか?」
「今の貯蓄なら、まあ一か月分は持つだろ。そんだけありゃ、サンドランド王都までは辿り着けるぜ」
「いやいや、サンドランド内じゃ仕事にありつける保証が無いから、その分を稼ぐって話だったんじゃ……」
サンドランドの王都は南大陸の中心、砂漠のど真ん中にあり、つまり道半ばまでの路銀しか貯まっていない、という事になる。
もし、砂漠の真ん中で立ち往生にでもなったら、『自由の翼団』は壊滅だ。
「ふっふっふ、それがな……稼げるアテが出来たんだよ」
「アテ?」
冒険者ギルドが少ないという南大陸だが、流石に王都まで行けばギルドもある、という事だろうか。
俺としてはパティの治療が最優先なので、旅を急いでくれるのはありがたいが、ウイングの様子だと、どうやらそうではないらしい。
「見よ、これを!」
ウイングは荷物の中から世界地図を広げ、南大陸のある地点を指差す。
そこにはバツ印がつけられており、王都から南下した場所ではあるが、特に何も記されていない。
「ここになにが?」
「六大魔法師が一、土のプリトゥは知ってるな?」
「ええまあ、名前は……」
「その魔法師サマが、代替わりしたんだと。そして隠遁先に選んだのがここだ。ここには古い時代の遺跡があるんだとよ」
それは、つまり――。
「つまり、新たなプライマルウェポンが手に入る! それを手に入れる為に冒険すりゃ、オレもネタが手に入る! 売れば路銀も稼げる! 更にはパティ子の薬代も稼げるぜ!」
「売っ……売っちゃっていいんですか? プライマルウェポンを手に入れるのが、団の目的なんじゃ……」
「んなもん、団員の治療が先に決まってんだろ? 治ったらパティ子にも働いて貰うぜー」
――と、一石三鳥の策であった。
しかし、これは賭けだ。もし他の冒険者に先を越されてしまったら、砂漠の真ん中で立ち往生してしまう可能性があるのだ。
だったら、もうしばらくクインの町周辺で路銀を稼いだ方が良いのでは。俺がそう考えていると、ウイングは神妙な顔になった。
「……パティ子の魔炎障害だがな、経過が良くねえ。治療が遅れると、どんな高ぇ魔法薬を投与しても治療出来なくなる可能性がある」
「なっ……」
「行くしかねえぞ。お前さんの大切なもんを守りたきゃ、な」
俺はその言葉に、否応なしに頷かされた。
行くしかない。賭けるしかない――否、勝ち取るしかない。
何があっても、どんな事をしても、パティを治してみせる。
それが出来なかった時、俺はこの世界で生きる意味をひとつ、失ってしまうのだから。
「行くぞ、南大陸に!」
「……はい!」
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ある酒場にて
★1,477異世界ファンタジー連載中 38話 2019年9月4日
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