「御教授、ありがとうございました……」



 ウイングに背中を叩かれ、俺はフラフラの足を引きずりながらマナカーゴに向かう。

 中々に辛い日々ではあるが、それでも――。



「……ん!」

「パティ……」



 マナカーゴの傍らに、パティが立っている。

 その手には、蒸かしたトウモロコシを握って。



「ありがとう。パティ、あの……」

「⋯⋯ん!」

「あっ……ああもう……」



 パティは俺にトウモロコシを渡すと、すぐに車内に引っ込んでしまう。

 恐らく、ゼラから俺を労わる様に言われたのだろう。ただそれだけの事で、あちらが俺を避けている現状に変わりはない。



 ない、が――。



「……よし! 明日も頑張るぞ!」



 トウモロコシに齧りつく。とても甘い。

 たったそれだけの事で、俺は明日への活力が、まるで間欠泉のように噴き出してくるのだった。




 ***




 そんな日々が続き、一週間ほど経った。



 慣れ、更にいうと子供の体力とは恐ろしいもので、一日を終えてもまだまだ余力を残すようになっていた。

 ゼラは相変わらず文句は垂れるが、夜にはパティとじゃれあうくらいには余裕を見せていた。



 冒険者稼業は、俺とゼラはシルバーランクに昇格し、魔物退治の依頼も受けられるようになったので、改めて二人組での活動となった。



「シャーフ後輩はズルいです」



 依頼をこなした帰り、ギルドの酒場で夕食を摂っていると、ゼラがそんな事を言い始めた。



「は? なんだいきなり……報酬は半分ずつって決めただろ?」

「今日の魔物退治です。魔法が使えるのはズルです」

「いや、俺があそこで魔法を使わなかったら、二人とも危なかっただろ。それがズルって……」

「私も魔法使ってみたいです。ボーンって炎とか飛ばしてみたいです」



 ……とは言うものの、ゼラにはマナリヤが無いのだから、それは叶わない願いだ。

 これは俺も悪かったな。魔法が使えない子の前で、無遠慮に魔法を連発しすぎていたかもしれない。



「……じゃあ、俺も魔法は使わないで、剣術のみで戦う。これでズルじゃないだろ?」

「それは魔物退治の危険が増すので却下です。私も魔法が使えるようにして下さい。それで解決です」

「無茶を言うな⋯⋯。じゃあこうしよう、お前が魔法名を詠唱すると同時に、俺が魔法を放つ。ほら、これで魔法が使えた気になれるぞ」

「それじゃなんの解決になってませんバカ。聞き分けのない後輩は、パティ子に無視するように言っておきます」

「なっ……!? お前、やめろバカ! いや、やめてください! 先輩!」



 ゼラは席を立ち、人の群れをひょいひょいと掻き分け、姿を消してしまった。



「くそ、ワガママなのは変わらないか⋯⋯」



 マナリヤが無い以上、どうやっても魔法を使う事は出来ない。それはアンジェリカで実証済みだ。

 しかし、このままでは、またパティに避けられてしまう。最近は、逃げられないくらいには距離が縮まったというのに。

 人の弱みに付け込みやがって……やっぱりあいつはナチュラルボーン・クソガキだ。



「くそっ」



 俺は食事代をテーブルに置き、酒場を出た。

 今まで、町の施設はギルドと雑貨屋しか行った事が無かったが、少し散策する事にする。ゼラの機嫌を取る為に、何か甘いものでも買って帰ろうと思ったのだ。



「ケイスケイ様、お待ちくださーい」



 と、菓子店に向かって歩こうとすると、女性の声に呼び止められる。

 振り向くとギルドの受付嬢が立っており、差し出した手には数枚の銀貨が載っていた。



「お釣りでございます」

「あ……これはどうも、すいません」



 どうやらゼラの恐喝に動揺して、多く支払っていたようだ。いかんいかん、路銀を貯めなくてはならないのに、俺としたことが。

 会釈し、銀貨を受け取って去ろうとすると、受付嬢はニコリと笑った。



「それと、差し出がましいようですが……お連れ様の仰っていた事ですが、魔法店に行って見てはいかがでしょう?」

「連れ⋯⋯ゼラですか?」

「はい。魔法店には魔法付与エンチャントされた武器が置いてあります。それを使えば、マナリヤ不全の方でも、魔法に似た力を使うことが出来ますよ」



 なんと、そんなものがあったとは初耳だ。



「魔法店、でしたっけ。行ってみます、ありがとうございます」

「いえいえ、冒険者の皆様のお力になれたなら幸いです」



 俺は受付嬢に礼を言い、菓子店に行く予定を変更し、魔法店に向かった。



 これは決して、ゼラのワガママを聞くためだけではない。

 あいつに武器を与えてモチベアップ、戦力もアップ――そうすれば、依頼をこなす効率も上がり、より稼げるようになるかもしれないのだ。



 あとは単純に、俺自身も『魔法の武器』というものに興味を引かれていた。




 ***




 魔法付与エンチャント――それは、例えば剣の柄に魔晶を埋め込む事によってなされる。



 魔晶には六属性の魔法印が刻印されており、

 例えば火炎魔法が付与された剣は振れば炎を巻き上げ、風魔法ならば疾風の刃を飛ばす。



 通常、魔晶は指先からマナを注入して、内部に秘められた魔法を発動させるが、これらはマナ注入を必要としない。

 『武器を振る』という工程により、空気中のマナを集め、自動発動させる。その製法は魔法師ギルドの極秘である。

 それが魔法武器。極めつけが、六大魔法師の作成したプライマルウェポンである。



 誰でも、マナリヤ不全者でも、簡単に魔法が使えるようになるので、駆け出しから熟練者まで、冒険者に人気である――。



「――という事でさあ。どうですかい、お客さん?」



 ハゲ頭の店主が、緑色の魔晶が嵌められた短剣を俺に差し出し、営業スマイルを浮かべる。



「……高い」



 俺はというと、その値段に軽い頭痛を覚えていた。

 そのお値段、なんと金貨二十枚。俺の財布の中には、アンジェリカとの逃走資金で溜めた金貨も足すと、その二倍は入ってはいるが……。



「⋯⋯高い!」



 一度の魔物討伐依頼で得られる報酬は、シルバーランクだと銀貨五十枚から金貨一枚が相場だ。ここから食費、雑費などを差っ引くと、手取りは更に少ない。

 一日にこなせる依頼は、時間的な都合で二回が限度であるし、金貨二十枚のイニシャルコストを回収するには、軽く見積もっても一ヶ月以上はかかる。



「二回も言わなくても……これでも結構勉強させて貰ってるんですぜ?」

「いや、しかし……」



 ウイングから買ってもらったショートソードが銀貨五十枚だった事を考えると、やはり魔法の付加価値というものは大きいのか。

 けどやっぱ高いものは高い。俺は店主に頭を下げ、踵を返した。



「すいません、やっぱナシで」

「……けっ、冷やかしかい! 帰けーれ帰けーれ!」



 店主は一転して不遜な態度になった。

 クソが。二度と来るか、こんな店。



 ここは当初の予定通り、甘いものを買い込んでゼラに貢ぐしかあるまい。金貨二十枚に比べたら、痛くも無い出費だ。



「……ん?」



 と、店から出ようとした所、店先に置いてあるカゴに、武器が無造作に詰め込まれている事に気づく。

 そのどれもが、刀身に錆が浮かんでいたり、嵌められた魔晶は輝きを失っていたりと、店内にあるものとは比べ物にならないほどボロボロだった。



「店主さん、これは?」

「ああん? あーそれは、冒険者サマがもう使えねえってんで、こっちで回収してる魔法武器だよ。こっから砥ぎ直したり、魔晶の再活性化を試すんだ」

「ふうん……いくら?」

「引き取ってくれるならタダでいいぞ。これから再利用の可否を判別するんだが、出来ない方が大多数だしな。平たく言えばゴミだゴミ。ウチからすりゃ手間がかかる上に得もしねえ、サービスみてえなもんだ」



 俺はカゴの中から短剣を二振り、拾い上げて表面の錆を指でなぞる。刃こぼれが酷く、なまくらだ。魔晶も完全に光を失い、ただの石くれの様だ。



「じゃあこれ、貰って行きます」

「おーおー、ご勝手にどうぞ。まーたのご来店を」

「二度と来るか。潰れろこんな店」



 後ろから水魔法が放たれる気配がしたので、俺は急いでその場から立ち去った。

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★4,259異世界ファンタジー連載中 249話 2019年9月4日


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