カクヨム





前のエピソード――いじめを止めよう
魔法を教えよう

 パティが逃げ込んだ小さな林は、少し歩けば屋敷に通じていた。



 屋敷が建っている丘の隣には、雑木林があり、半狂乱になったパティは、村をぐるっと回って、そこまで走って来たというわけだ。



 というわけで、村を通らず、三馬鹿に見つからない様に屋敷に帰る事が出来た。未だ怯えが残るパティを先に歩かせ、逃げないように見張りながら。



「こ⋯⋯このお屋敷って⋯⋯」

「俺の家だって」

「えっ⋯⋯と、いうことは、あなたってりょうしゅさまの⋯⋯?」

「ああ、息子。けど、今屋敷にいるのは俺と姉さんだけだよ。他は父さんも使用人も、誰もいないんだ」

「そ⋯⋯うなんだ⋯⋯あっ、そうなんですか」

「⋯⋯別に敬語使わなくていいだろ。俺自身が偉いわけじゃないし、パティの方が歳上だし」



 と言いつつ俺はパティにタメ語だが、まあ精神年齢はふた回り上なのだから仕方ない。

 しかしまあ、こんなにも自分の領地を開ける領主ってのはどうなのだろうか。俺が産まれてから五年、本当に両手と足の指で数えられるくらいしか帰って来てないぞ。



「はい、座って座ってー」



 屋敷の庭に辿り着き、木製のベンチにパティを座らせた。庭は生垣で囲まれており、子供がちょっと走り回るくらいなら余裕な広さだ。



「ここが練習場な。これからは学校が終わったら⋯⋯そうだな、林を抜けてここまで来るように」

「わ⋯⋯わかりまし⋯⋯」

「敬語。いらんって」

「⋯⋯わかった」



 なんだかんだ素直な子だ。

 さて、まずはパティのお手並み拝見といこう。



「じゃあ、まずはマナの吸収から。ちょっとやってみて」

「うん⋯⋯ふぬ、ぬぬぬ⋯⋯!」



 パティは緊張しているのか、両手を握り、顔に力を入れながら俺の指示に従う。

 ⋯⋯ちょっと待て? 俺はマナの吸収をする際、こんなに力まないぞ?それは三馬鹿も一緒だ。呼吸をする様に、ごく自然にマナを吸収し、魔法を行使している。



「⋯⋯お前のマナリヤは顔にあるのか?」

「え⋯⋯?」



 パティは不思議そうに、自分の左手の甲を差し出し、俺の顔を見る。



「⋯⋯ここ」

「だよな。そんな梅干しみたいな顔をして力んでも、マナリヤに意識が向かないんじゃないか?」

「ウメボシ⋯⋯?」

「ああいや。ともかく、一旦落ち着いて深呼吸してみろ。それから力を抜いて、左手だけを意識して、もう一回だ」



 パティはコクコクと頷き、再度のマナ吸収を試みる。



「むぅ〜っ! うんむむむむ⋯⋯!」

「⋯⋯⋯⋯」



 しかし、何度やっても力みは抜けず、更には息まで止めているせいか、俺がストップをかけなければ、窒息寸前にまで陥りかけた。

 肩で息をするパティ。俺はそれを眺めつつ、頭をかく。



「ぜぇっ⋯⋯ぜぇっ⋯⋯」

「うーん⋯⋯やらなくちゃって意識が前に行きすぎてるんだろうな」



 初歩の初歩でつまづいてしまうとは。

 何かリラックスさせる方法は無いものか。このままだと、俺の魔法講師としての名に傷がついてしまう。そんなものはハナからないが。



「よし、じゃあ面白い話でもしてやろう。むかーしむかし――」

「シャーフー? どこにいるのー?」



 俺が吉備津彦命の物語を語ろうとすると、屋敷の方からアンジェリカの声が庭に響き渡った。返事をしないと怒るので、屋敷に向かって『庭にいまーす』と叫ぶ。すると、すぐさまドアが開き、アンジェリカが姿を現した。



「いたいた。シャーフ、今日のおやつなんだけど⋯⋯あら、その子は?」



 アンジェリカは、手に桃と果物ナイフを持っていた。ベンチに座るパティを見て、不思議そうに首を傾げている。



「ああ、友達です。一緒に魔法を練習していて⋯⋯。な?」

「ともだち⋯⋯はい、そう⋯⋯です?」



 今日初めて会話した相手を友達と呼ぶのは、いささか無理があったかもしれない。しかし、それを聞いたアンジェリカの顔は、みるみるうちに歓喜の表情に変わっていく。



「――まあ! シャーフがお友達を連れてくるなんて! あなたお名前は? わたしはアンジェリカ。わたしともお友達になってくれるかしら!?」

「えっ? あの、パティ・スミスです⋯⋯」

「パティちゃんね? わたしはアンジェリカ! スミスさんって事は、雑貨屋さんの?」

「はひっ、そ、そうでふ」



 アンジェリカは舞い上がっているのか、二度目の自己紹介をした後、手に持ったピーチャを見てハッとする。



「そうだわ、パティちゃんも、モモを食べましょう? とっても甘くておいしいの。みんなで食べればもっとおいしくなるわ」

「は⋯⋯い、いただきます」



 マシンガントークに押され、パティは頷いた。アンジェリカはニッコリと微笑むと、器用にその場で桃の皮を剥き始める。



「きれいなひと⋯⋯」



 その様子を見たパティが呟く。

 確かにアンジェリカは目鼻立ちが整っている。数年後にはものすごい美人になるだろう⋯⋯おや?



「ほわぁ⋯⋯」



 アンジェリカ効果か、パティの緊張が解けているようだ。



「パティ、マナ吸収」

「えっ?」

「姉さんを見ながらやってみて」



 パティは言われた通り、ピーチャを剥くアンジェリカを眺めながら集中を始める。

 その顔は先ほどと比べれば穏やかで、次第に左手のマナリヤが紅い光を帯びていく。



「なんでもいい。あっちに向かって魔法をうってみて」

「う、うん⋯⋯! ブ、ぶ、ブレイズ」



 パティの手のひらから小さな火球が放たれる。それは地面に直撃し、小さな焦げ目を作って消えた。



「で⋯⋯できた⋯⋯!」



 うむ、あの三馬鹿の魔法と比較しても遜色ない大きさだ。緊張のせいで、最初の工程であるマナ吸収から上手くいってなかったってところだろう。単にあがり症のせいだったってわけだ。



「まあ、パティちゃんも魔法が上手なのね! ね、もっと見せて?」

「は、はい。シュ、シューター!」

「わあ⋯⋯!」



 あとは、アンジェリカ効果によるところが大きそうだ。俺の姉にはα波を発生させる効果があるらしい。これなら魔法技術の問題は、案外簡単に片付きそうだ。



「で、だな。魔法ってのは使えば使うほど練度が増すんだ。ここならあの三馬鹿も来ないし、魔法を使っても危なくないから⋯⋯」

「すごーい! もしかして、お水も出せるのかしら?」

「はい⋯⋯! それっ!」



 ⋯⋯聞いてない。

 まあ俺もアンジェリカにせがまれるまま魔法連発して、それで魔法が上手くなっていったから、このまま放置してもいいかもしれない。もしやこの姉、俺よりも魔法講師向きなのでは。



「失礼します⋯⋯おや、パティ?」

「あ⋯⋯お父ちゃん!」



 と、そこで新たな来訪者が。

 以前村の中でも会った、屋敷に定期的に食料や日用品を配達してくれる、ヒゲの雑貨屋だ。『お父ちゃん』ってことは、アンジェリカが言った通り、この二人は親子だった。

 雑貨屋は自分の娘が屋敷にいることに、しかも魔法を使っていることに不思議そうな表情を浮かべている。



「坊ちゃんとお嬢様⋯⋯これは⋯⋯?」

「お父ちゃん! あたし、シャーフのおかげで魔法が上手くなったよ!」



 今までの自信なさげな喋り方は何処へやら、快活な様子で雑貨屋の胸に飛び込むパティ。

 雑貨屋はそれを受け止め、目を見開いて俺とアンジェリカを交互に見る。



「な、なんと⋯⋯いやしかし旦那様は、自分のお子は魔法が⋯⋯その、不得意だと⋯⋯」

「ううん、シャーフはあたしより小さいのに、自分で勉強して魔法を使えるようになったんだって!」



 さっきまでの緊張しいなパティはどこへやら、今や元気いっぱいの女の子だ。

 というか、今の時点で俺は何もしてないし、どちらかというとアンジェリカの功績が大きい。



「ああ⋯⋯しかし、坊ちゃんのお手を煩わせるのも⋯⋯」

「いえ、実は俺も友達がいなくて少し寂しかったんです。スミスさんさえよろしければ、これからもパティさんと遊ばせてもらえませんか?」



 思わぬところで計画の邪魔になりそうだったので、俺は慌てて取り繕った。

 別に寂しくは無いのだが、これで雑貨屋がノーと言って、俺の暇つぶし計画が一日目にして潰れてしまうのも惜しい。



「あいや、そういうことでしたら⋯⋯パティ、お前はいいのか?」

「うん! あたしもっと魔法上手くなって、お父ちゃんの助けになりたい!」

「うおお⋯⋯! 坊ちゃん、なにとぞよろしくお願いします⋯⋯!」



 雑貨屋の目尻には涙が浮かんでいた。

 もしかしたら彼も、魔法が使えない娘に悩んでいたのかもしれない。この世界って魔法の才能が大きいイコール偉さに繋がるらしいからなあ。そりゃ、無償で自分の子供を見てくれる家庭教師がいたら嬉しいか。



「ありがとうございます。俺も姉さんも、友達が出来て嬉しいです」

「いつでも来てね、パティちゃん!」



 結局、その日はパティは雑貨屋に連れられて家に帰って行った。父親同伴なら、流石にあの三馬鹿も絡まないだろう。



 そして――これは余談なのだが、その後、雑貨屋が定期的に持ってくる荷物の中に、必ずがおまけの桃が付いてくるようになった。

 
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