⋯⋯と、心の中で語彙力のかけらもない悪態を吐くほど、俺の精神は追い詰められていた。
「ぐぐ⋯⋯。あ、アレがロックドラゴンの巣か?」
歯を食いしばりながら湖の畔を見回すと、遠くに木片を寄り合せた、鳥の巣のようなものを発見した。
「恐らくアレでしょう。今夜のごはんです」
「⋯⋯というか、魔物の卵って食えるのか?」
ぴょんぴょんと跳ねるゼラを横目で見つつ、素朴な疑問を口にする。
「は……なんですと?」
「いや、魔物って死んだらマナ結晶になるだろ? 卵も例外じゃあないんじゃないか?」
この依頼は間違いなくイタズラだろうから、ドラゴンの卵スープなんてものは元から存在しないのだろう。
卵が受精卵だったとして、調理してる最中にマナ結晶になりそうだ。マナ結晶入りスープ。不味そうである。
「⋯⋯⋯⋯はあ」
ゼラは短く息を吐くと、地面に寝転んでしまった。
「ど、どうした? 具合でも悪く⋯⋯」
「やる気がなくなりました」
「⋯⋯⋯⋯は?」
「おいしいもののためにここまで来たのに。真実とは残酷です」
――――。
貧血か立ちくらみか、その場に崩れ落ちそうになり、必死で踏み止まる。
落ち着け。まだ大丈夫。深呼吸して、三馬鹿の、アンジェリカの、パティの笑顔を思い浮かべるんだ。
「すぅー……はぁ……そこでジッとしてろ。俺は卵を回収してくる」
「お好きにどうぞ」
先輩からの温かい見送りを受け、痛む頭を抑えながら巣に向かって歩き出す。
もういい、邪魔パワハラさえして来なければ、あんなクソガキは寝ていようが構うものか。
⋯⋯しかし、ウイングは何を考えてゼラを同行させたんだ。
もしかしてこれは、俺の耐久力を見るためのテストだったのだろうか。
辺りにロックドラゴンの姿は無い。
どこか出かけているのだろうか。だとしたらチャンスだ。
巣に近づいて中を覗き込む。木の枝や破片を寄せ集めて作った巣は、大きさはビニールプールほどで、すり鉢状になっている。
その中に、バスケットボールほどの大きさの卵があった。表面は鮮やかな赤色をしている。更に卵の周囲には、他の卵が孵った痕跡だろう、同じ色の殻が散らばっていた。
中身はともかく、殻は残るのか。この綺麗な色なら、粉末にして染料に使えるのかもしれないな。それとも肥料か、家畜の餌か。
「よっ……と」
そんな事を考えながら抱えてみると、結構な重量があった。
持って歩けない程ではないが、これを両手で抱えたまま帰るとなると、かなり時間がかかりそうだ。
辺りを警戒しながらゼラの元に戻り、寝転がっている背中をつま先でつつく。
「……おい、帰るぞ」
「はあ。重そうですね」
ゼラは身を起こし、感情の無い瞳で卵を見る。
分かってはいたが、手伝う気は微塵もなさそうである。
「ああ、卵は俺が持つから、魔物が現れたら頼む。力を温存してたなら大丈夫だろ?」
「ほう、先輩である私に戦えと」
「……いや、冗談抜きで頼む。もし戦闘で卵が割れたら、また巣に取りに戻らなきゃいけないし、その時に親竜がいない保証もない。卵を盗まれた事で警戒されて、親竜が巣から離れなくなったら、昼は暑くて夜は寒いクソみたいな環境で持久戦をしなくちゃいけなくなる」
そうなったら、もう食料も無いのでテスト失敗が濃厚になる。
早口で捲し立てると、ゼラは無言で俺の手から卵を受け取った。どうやら戦闘係より運搬係を取るようだ。
俺は軽い感動を覚えていた。今まで何もしなかったゼラが、自分から進んで卵を運ぼうなんて――。
「ゔっ⋯⋯無理です」
――しかし重かったのか、すぐに突き返される。
「⋯⋯まあこれは俺が運ぶ。なるべく魔物を避けて行くが、いざとなったらその剣で……」
……待て、おかしいぞ。
卵は俺でもなんとか持てるくらいの重さで、ゼラはそれを持てない。
よく見るとゼラの腕は、もやしと自負する俺よりも華奢だった。
そんな非力なこいつが、本当に剣を扱えるのだろうか。
「お前、本当に剣を使えるのか?」
「……あ、当たり前です。先輩を疑うのですか」
「本当だな、信じるぞ?」
「し、しつこいですね。任せておいてください」
「……頼んだぞ。いや本当に」
魔法を使うには右手を自由にする必要があるから、今の俺は卵運搬役にしかなれない。魔物の対応はゼラに頼るしかないのだ。
ウイングはこれを見越してゼラを同行させたって事か……ストレスチェックとか思ってすいませんでした、団長。
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ゼラ先輩と卵を取りに行こう・2
★345現代ファンタジー連載中 87話 2019年8月24
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