そして、終わりが訪れた。
***
『ハーイ、ユノでーす! いやーやっと繋がりましたねー! 実は連中から妨害を受けてましてー』
――――。
『⋯⋯おやおや、また死んでしまったのですか? でも便利でしょう、その不死の肉体!』
――――。
『そうそう、この間の続きなのですが、貴方には実は使命があるのです!』
――――。
『これは貴方の誠実な人柄を見込んでの事です! とっても栄誉ある使命なのですよ! 実はですね――』
――――黙れ。
***
暁が、閉じた瞼の上から眼球を焼く。
身体が重い。なにか、ひどい悪夢を見ていたようだ。
「父さん、姉さん、朝だよ」
呼びかけても返事はない。
身体が冷えている。信じられない事に、どうやら庭で寝てしまっていたようだ。
「父さん……?」
クリス氏は、庭の中央で寝ていた。
ああ、一緒に遊んでいて、疲れて二人して寝てしまったんだっけ?
これじゃアンジェリカに怒られてしまう。クリス氏を起こさないと。
「父さん、朝だって。ほら……」
しかし、疲れて眠りが深いのか、いくら揺り起こしても目を覚まさなかった。
まあ王都の仕事で疲れているしな、まだ寝かせておいてあげよう。
さて、村の方に行って、学校に行く四馬鹿どもの見送りにでも行くか。
***
麦畑は焼け野原になっていた。
村では焦げた死骸が広場に積み重なっている。
「は、はは⋯⋯」
現実だ。何もかも消えてしまった、これが現実。
「はは⋯⋯は、ああ、あぁ……」
何が――何が女神の加護だ。
もういい、もうたくさんだ。こんな思いをするくらいなら、爬虫類にでも転生した方がよかった。
「もういい……」
手に持ったままだった白い剣を、心臓に突き立てる。血が流れ、しかし、すぐに止まる。
「なんで……なんでだよ」
――死ねない。
こんな地獄の様な状況でも死ねないなんて、これじゃ、加護ではなく、まるで呪いだ。
「死なせてくれ。頼むから⋯⋯」
気さくな商人の青年も。
優しい雑貨屋の主人も。
大人達が集う広場も。
家族思いの父と姉も。
可愛い幼馴染も。
全てが一夜にして消えてしまった。
涙は流れなかった。
憎しみも湧かなかった。
ただ胸に残ったのは、
『死にたい』
『みんなを弔わなくては』
このふたつだけだった。
前者は叶わない。なら、後者を果たさなくては。
それから俺は、沢山の穴を掘った。
変わり果ててしまった人々を、そこに埋葬していく。
スミス氏の遺体に土をかけている最中、以前の記憶が蘇る。
――デモニック・ボーン。繁栄と破滅をもたらすという、この世界に伝わる伝承。
女神ユノは、きっと悪魔なのだろう。
俺は悪魔から生まれ、この村に破滅をもたらしたのだ。
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい――」
俺が、ヒトに生まれ変わりたいなんて望まないで、大人しく爬虫類にでもなっていれば、こんな事にはならなかったのだろう。
日が暮れる頃、一通り埋葬が終わった。
最後に、俺が殺してしまった少女の元へ向かう。
瓦礫を退ける手が震える。パティの遺体を見た時、俺は、正気を保っていられる自信が無かった。
いや、埋葬中に何の感慨も沸かなくなっていた時点で、もう既に狂っていたのかもしれない。
「ぁ⋯⋯⋯⋯」
瓦礫の奥から、か細い呻き声が耳に届いた。
その瞬間、指の皮が剥けて痛むのも構わず、俺は全力で梁を、屋根を、柱を、どけていく。
「は、あ⋯⋯ぁ⋯⋯!」
そして、見つけた。
どの様な幸運か――瓦礫がお互いを支え、狭い空間が出来ていた。
そこにパティがいた。瓦礫に押し潰されること無く、息もしている。
服は燃えてしまっているが、何故か火傷は見られない――いや、今はそんなことはどうだっていい。
パティが生きていた――その事実だけで、枯れていた目から、止めどなく涙が溢れた。
「パティ、パティ! 目を開けてくれ!」
「ん⋯⋯ぁ⋯⋯」
瓦礫の山から引きずり出し、肩を揺すると、パティがゆっくりと目を開く。
本当に生きている。何もかも失ってしまったと思っていたが、この子だけは――。
「ぁ――いやああぁーーっ!!」
パティが悲鳴を上げた。
それは、焼け落ちた村を見たからではなかった。
その恐怖に満ちた目は、真っ直ぐに俺を見据えている。
「え⋯⋯パティ?」
「いやぁ⋯⋯やぁ⋯⋯!」
パティが後ずさる。
まるで、恐ろしいものから逃げるかの様に。
「お、俺だ⋯⋯シャーフだよ⋯⋯さっきはごめ⋯⋯」
「ひっ!」
俺が足を踏み出すと、パティは身を縮こまらせた。よく見ると足を怪我していて、逃げたくても逃げられない様だ。
だが、何故――?
「パティ……」
「っ! や、ぁ……」
俺が手を伸ばすと、パティは気を失ってしまった。
ひとまず、パティを抱え、唯一無事だった屋敷へ連れて行った。
***
夜になった。
「すぅ……すぅ……」
アンジェリカの部屋のベッドで眠るパティの頬を撫でる。
――屋敷に連れ帰った後、再び目を覚ましたパティは、俺に怯えて泣いた。
宥めるも、泣き、暴れ疲れたパティは、再び眠りについてしまった。
パティは何も覚えていなかった。
村の事だけではなく、全ての記憶を失ってしまったようだった。
人らしい言葉も話せず、ただ幼子の様に泣き声を上げるだけだった。
恐らく、あまりのショックに、記憶と言語に障害を患ったのだろう。
多分、最後の記憶――俺からの拒絶が、心の奥底に残っているのだ。
だから、俺を『おそろしいもの』とだけ認識しているのだ。
全てを失い、たったひとつ残ったものも、この有様だ。
「だけど……」
だが、まだ生きている。
それに、村人を埋葬している最中――アリスター、ノット、サムの遺体は見つからなかった。
みんな黒焦げで、誰が誰と言う判別もつきにくい。もしかしたら、俺の願望が混じった幻想かもしれない。だが、まだ希望はあった。
アンジェリカも同様だ。屋敷の中にも、村の中にも、彼女の姿は無かった。
「はは……」
不思議なものだ。
絶望的な状況なのに、それだけで生きる希望が湧いてくる。
パティを守り、生き残りを探し、それから――。
「それから……?」
それから、どうすれば良いのだろう。
分からない。先の事を考えると、目の前が真っ暗になりそうだ。
「すぅ……うぅ……」
「パティ……」
だが、今は、この手に残ったものを、何としても守り抜く。
それだけだ。自死も許されない俺には、それしか無かった。
だから、最低三十年は――不死の呪いが解けるまでは、それだけに全てを費やそう。
――異世界転生したのですが、最低三十年を目標に生きたいと思います。
目標は目標。目的は別である。
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村を出よう
★321異世界ファンタジー連載中 147話 2019年8月22
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