映画Orlando / オルランド(92年英・露・伊・仏・蘭合作)御紹介



2012/05/13 00:00

220px-Orlando_film_poster性を超越した自由な生


ヴァージニア・ウルフの名作『オーランドー』(ちくま文庫/みすず書房)を、映画監督・脚本家・作曲家そしてダンサーでもある多彩なサリー・ポッターが、独自の解釈を交えながらユーモラスに描いたのが映画『オルランド』…英文学に詳しい方ならご存知だろう、不老の身となり何世紀も生き続け、途中で男性から女性へと主人公が自然と性転換してしまう、摩訶不思議な物語だ。ポッター監督は原作のストーリーを簡略化しつつも、ウルフがそこに込めた精神を忠実に受け継ぐ形式で映像化に成功し、海外の多くの批評家から高い評価を受けた。主役のオルランドを演じたティルダ・スウィントンの中性的な魅力や、移り行く時代と共に変化して行く豪華な衣装やセット、そして所々に挿入されているコミカルなシーン等、映画『オルランド』の見所は実に多いが…何よりも、ストーリーが単純に面白い逸品だ。作品は「死」(1600年)、「愛」(1610年)、「詩」(1650年)、「政治」(1700年)、「社会」(1750年)、「性(或いはセックス)」(1850年)、「誕生」(原題)の七章に分けられており、最初の「死」の章においてイギリス女王・エリザベス一世に気に入られた貴族の青年のオルランドは、‘死なないこと、衰えないこと、老いないこと’を条件に、広大な敷地とそこに建つ豪邸を贈られる。ちなみに、エリザベス一世を演じているのは70年代のゲイ・アイコンだった作家のクエンティン・クリスプ…スティング




の "Englishman in New York" という曲のプロモーション・ビデオに主演していた男性だ。さて、祝福なのか呪いなのか、この日を境にオルランドの肉体的成長は止まってしまう。やがて父親を亡くしたオルランドは一人息子として、自身がオルランド卿となっては貴族の娘と婚約する。だが、「愛」の章でロシア大公の娘・サーシャに一目惚れし、婚約を解消しては一緒に駆け落ちしようと勝手に決めてしまう。だが、待ち合わせ場所にサーシャが現れなかったことで、‘女は裏切る’と実感し、オルランドの心は深く傷つく。それから六日間、ショックでオルランドは眠り続け、七日目にしてようやく目覚めるのだった。現実のロマンスに失望したオルランドの心を癒したのは第三章のタイトルとなっている、詩そのもの。彼は数多の詩を集めて読んでは、自分でも詩を書くようになる。さらに敬愛する詩人のグリーンを家に招いては彼のパトロンとなり、代わりに自作の詩集を批評してもらうことに…だが、働かずに豊かな暮らしに甘んじる貴族達を軽蔑していたグリーンは、オルランドには詩の才能など欠片も無いと酷評する。それに懲りたオルランドは、何かしら自分を役立たせたいと考え、「政治」の章でイギリス大使としてコンスタンチノープルへと旅立つ。そこで彼はトルコの若き王と友情を10年に渡って育むが、彼と共に戦争で戦わねばならなくなってしまう。穏やかで世間知らずなオルランドに凄惨な戦いは強烈なショックを与え、彼は再び六日間寝込んでしまう。そして男として生きることに嫌気がさしたオルランドが七日目に目覚めると…鏡に映っていたのは女性へと変貌した自身の姿だった。オルランドは驚く様子もなく、‘以前と同じ人間のまま、性が違うだけ’だと言う…





ntonCrispイギリスへ女性として帰国したオルランドは、オルランド卿からオルランド嬢となり、「社会」の章では貴族達の茶会への招待状が引っ切りなしに届くようになる。この段階でも詩を愛する彼女は、有名な詩人のアレキサンダー・ポープ(実在人物)も参加している茶会に期待に胸を弾ませて赴く。しかし、ポープをはじめとする男達の女性を貶める発言を聞いたオルランドは、彼らに失望して憤慨しながらその場を立ち去ってしまう。ところが、そんな彼女を追って来たのは大公のハリーだった。彼はコンスタンチノープルで男性だったオルランドと出会っており、その頃から彼の美貌に魅了されていたのだ。ハリーはオルランドの性別が不安定でも構わないから結婚してくれとその場でプロポーズ…するが、オルランドには‘ごめんね、そんな気にはなれない’と軽くあしらわれてしまう。それを侮辱と受け取ったハリーは、女性には資産を持つ権利が法的に認められていないことを指摘し、いずれオルランドは家も失い、夫も家族もいないまま、一人孤独に老いさらばえて行くだけだと罵る。その言葉にまたも激怒したオルランドは、歩きづらいドレスの裾をつかんでは、迷路のような生垣の中を冷静になれないまま、延々と走り続けるのだった。途中で彼女のドレスと髪型が1750年代から1850年代のものへとすり替わり、その姿は女性となってからの百年の間に様々な性差別に遭っては怒り、戸惑うオルランドの気持をそのまま象徴している。原作では同じ百年の間にオルランドは何度か男性に戻っており、その数だけ女性として生きる上での息苦しさを経験していたものと思われるが、ポッター監督は敢えてオルランドを女性にしたまま、そうした苦悩を描写したわけだ。




orlandoさて、オルランドがやっとの思いで迷路を抜け出しては広い草原へと辿り着いた時点で、次の章である「性」の始まりとなる。彼女はこの章で風来坊のような冒険家のシェルマディンと出会い、二人はすぐに恋に落ち、オルランドは何と生まれてから何百年目にして、初めての性交を体験する!そうした関係に至る前に二人が交わす会話が印象的だ ―― オルランドは自分がもし男性なら、その特権や栄誉を全て捨てても女性のように穏やかに生きたいと言い、逆にシェルマディンは自分がもし女性なら、子供を産んで育てるという役割を放棄して自由に世界中を旅して暮らすと言う。性別のいかんに関わらず、自分は自分らしい生き方をすると二人は宣言しているわけだ。地位や容貌、そして性別すらも関係無しに愛し合える相手に、オルランドはようやく巡り合うことができた。シェルマディンは何もかもを捨てて、自分と一緒に自由を求める旅人になろうとオルランドを誘う。何とかエリザベス女王から貰った屋敷に住み続けていたオルランド…しかし、時代は相変わらず女性の資産所有を認めず、彼女が結婚して男子を出産しなければ、土地家屋は全て没収されるという判定を裁判所が下した矢先だった。シェルマディンに結婚してもらい、屋敷を奪われずに暮らすという選択肢もオルランドの脳裏を過ぎっただろう。だが、彼女は奔放な生き方を好むシェルマディンを、自分の都合で縛りつける気にはなれなかった。同時に、彼と共に再び‘男性的’な生き方をすることなど自分が求める生き方ではないと過去の経験から痛感していたオルランドは、自分を残して旅立つようシェルマディンの誘いを断って、立ち去る彼の姿を見送る…シェルマディンにとって旅を続けることが自由であることならば、恋を犠牲にしてもあるがままの自分として生き続けることがオルランドにとっての自由への選択だったのだ。


o_132TildaSwinton映画『オルランド』が原作と最も大きく異なるのは、その終わり方だ。原作ではオルランドは船乗りと結婚して男子を授かり、幸せな人妻として家庭を築くエンディングとなっている。だが、映画でのオルランドは最終章「誕生」で女児を産み、彼女と共にシングル・マザーとして暮らしている。オルランドは誰の夫でも妻でもない一方で、娘の父親でも母親でもあった。また、オルランドは自身の奇妙な半生を年月に渡って書き記した著書を出版社に持ち込み、高い評価を受けて出版契約が設立する。かつてオルランドの詩を貶したグリーンを演じたヒースコート・ウィリアムズが、その際にオルランドの‘小説’を絶賛する出版社の社員を演じているのがスパイスの効いた皮肉だ。時代と共に人々の価値観も変わり、オルランドがありのままの自身として認められる自由な時代が、堅苦しい因習が多かったイギリスにも訪れたということだろう。このシークエンスは、ウルフが『オーランドー』を書いた時代まで主人公が生き続けて自伝を出版して終わるという、原作にあやかった構成となっている。ただし、レズビアンでもあったウルフが女性であることにこだわり、真の自由を女性の家庭内における暮らしにあると結論したのに対して、ポッター監督はさらに一歩踏み込んで、男女の性差やいかなる生き方にも束縛されない存在へと、作中でオルランドをさらに昇華させた。この映画の冒頭は、大きな樫の木の根元に座って自伝を書き始めようとしている男性のオルランドの姿を描いたシーンから始まる。それに対比するかのように、ラスト・シーンでは女性のオルランドが同じ樫の木の根元に同じように座り、その周囲を彼女の幼い娘が走り回っている。しかし、1600年代の豪奢な衣装に身を包んでいた冒頭のオルランドが明らかに男性だったのに対して、ラストでのオルランドは女性でありながら、男性が着てもおかしくないようなシンプルなシャツとズボン姿。一本の長い三つ編みにした髪が背後に隠れたその姿は、女性でも男性でもない、性を超越した人物としてのオルランドそのものだ。ウルフが生きた時代と異なり、同性愛や性転換が認められるようになった現代に相応しいオルランドが、最後に‘誕生’する…彼女の子供が男子でなく女子に変更されたことで、オルランドはエリザベス一世から貰った家屋と土地からも解放され、これからは普通に老いて行き、いずれは死ぬことになるのだろう。そうした限られた生の中にこそ、自由は確とあることをオルランドは最終的に見出したのかもしれない。そんな思索に耽りたくなるような深みを持つ作品だが、ファンタジックな娯楽映画としても充分楽しめるので、是非ともご覧いただきたい。

◆作品関連情報リンク集:Wikipedia、goo映画、Yahoo映画




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『オルランド』予告編