私の人生の最大の恩師は
 愛犬のラッキ-でした。







管理人

私は今、ブログやメルマガをやらせてもらってますが、
よくよく考えてみますと、今まで学校で勉強したことや
教わったことは、あまり大して役に立っていません。
学校はその程度のものだと今にして悟りました。

学校だけではなく、テレビや新聞・雑誌からも
本当に大事な知識は得ることが出来ませんね。
それどころか、日本国そのものがバカな人間ばかりを
大量生産する巨大な仕組みであるに過ぎないことに
私は気づきました。

本当に大切なことや重要情報は、自分が進んで
独学するしかないなと思う~今日この頃ですが、
しかし、検索しても出てくるのはクソ情報ばかり。
全ては、真実を真剣に知りたいと思うところから
始まります。
そうすると、決まって何かが出てくるものです。

私にとって、多くを学んだのは学校ではありません。
真に知りたいと願う強い欲求からでした。
そのような、知りたいといった作業そのものの現場が、
私にとっての本当の学校だったのです。

しかし、そのようにして得られた知識とというものは
本当に大事なものではありますが、同時に、根本的に
もっとはるかに重要かつ大切なものがある事も知りました。

それは、あらゆるものに対する・・・
慈愛の心 ではないかと思います。

私は以前より、人が笑う笑顔が好きでした。
楽しんでいる姿がこよなく好きでした。
人が幸せになっていく姿が大好きでした。

私のブログとメルマガへの情熱の源泉は
全てそこから生まれているように感じています。

しかしながら、現実の社会というものは
私たちの意に反したものばかりによって支配されています。
そして、多くの人が挫折し・・・倒れていきます。
それに対する悲しみや怒りが私にパワ-を生むのです。

実のところ、以前の私は経営者であり社長でした。
計算ばかりをしていた営利の人間に過ぎませんでしたが、
そのような立場の人間というものは、得てして・・・
人に冷たくなるものです。
私も例外ではありませんでした。

そんな私を大きく変えてくれたのは、
他の何物でもない・・愛犬のラッキ-でした。
柴犬でしたが、私が初めて動物を飼ったのです。
以前は、動物に対して大した関心は持ちませんでした。
犬に防寒服を着せて散歩させている人の姿を
ただ無関心に眺めているだけでした。

愛犬のラッキ-は、愛護センタ-から引き取った
のですが殺処分される寸前でした。
そういった経緯もあり、ラッキ-と名付けたのです。

生後3か月過ぎて、ペットショップで売れない
メスの子犬は、大抵は愛護センタ-行きだそうです。
なんとも・・・むごい話です。

私は初めて犬を飼うので、飼い方がよく分からず
本当に適当なことしかしてやれませんでした。
子犬の時から、ずっと室内で育てました。
気づいた時には、完全に家族の一員になっていました。
私は、車のマ-クⅡに乗っていましたが、
どこに行く時にも一緒でした。

ある日、ドライブしていた時、道路のすぐ近くに
芝生のとても綺麗な平坦な景色がありました。
これは最高と、私はラッキ-を連れて
大喜びで散歩させました。
しばらくして、カ-トに乗ったおじさんがやって来て、
ここは、ゴルフ場ですから直ぐに出てくださいと
注意されました。
ゴルフには関心もなく知らなかったものですから、
私はラッキ-を連れて、すごすごと愛車で退散したのでした。

ラッキ-との日々は、私にとって決して忘れられない
毎日だったように思います。
とても手のかかるヤンチャでアホなポッチィ―犬でした
が・・・私はこよなく愛していました。
家族の一員であるだけではなく、自分の分身とも
思えるような存在だったのです。

そんなラッキ-が、ある頃より、ガンになって
しまい、私の心は大きく乱れ心底~打ちひしがれました。
愛犬の闘病の様子を見るのは私にとっても大変つらく
耐え難いつらく悲しい日々が続きました。

動物病院では、リンパにまで転移しており、
もうどうしようもないと宣告されました。
ガンと苦闘していて苦しんでいたラッキ-でしたが、
私が自宅に帰ると、何故か、元気そうにふるまうのです。
それが何とも痛々しくて、涙したこともしばしばでした。

いよいよ・・・その日がやってきました。
ラッキ-の寝床は、2階の寝所の押し入れです。
ラッキ-が、2階への階段を上がろうとした、
まさにその時でした。
バタッと倒れたのです。

ああ・・・
ついにその時がやって来たんだと、
私は悟りました。

その時、私はあまりの心労から呼吸困難に
陥ってしまい、息が出来なくなり苦しくて
本当に死にそうになりました。

少しして、持ち直した私は動物病院に電話しましたが、
動物病院は日曜日でお休みです。
それでも何とかしたいと、私は車を飛ばし動物病院に
行きましたが、何度ベルを押しても応答はありませんでした。

車で動物病院に生き帰りの時、不思議な体験をしました。
周りの景色が・・・すべて灰色だったのです。
皆さんにこういった経験はおありですか?

自宅に帰った時、ラッキ-は既に、虫の息でした。
私はどうすることも出来ず、ただ茫然と立ち尽くしていました。
そして、やがて静かに息を引き取りました。
あまりにも深く悲しい時には・・・痛みが大き過ぎて
涙さえも出ないことを初めて知りました。

「かけがえのない」・・・という言葉の
本当の意味を知ることになりました。
そして、いつしか・・・
私はラッキ-に対して優しさや思いやりが
足りなかったのではないかと思うようになりました。

いや・・・それどころか、
人に対しても優しさや思いやりが足りなかったのでは
ないかと思うようになり始めました。

それから・・・
少しづつ、私は変わりはじめたように思います。
動物の存在って、命って・・・
なんて貴いものなんだろうと強く感じさせられました。
無論、人の命も同じです。

多分、あの日から何かが変わっていったのです。

ラッキ-・・・ごめんね。
もう少し、マシな人間になるよ。

恐らく、あの経験が無ければ今の私はありませんでした。
ブログもメルマガも・・・無かったと思います。

ラッキ-の死後、一時期、本当に死にたいと思う日々も
ありましたが、今も何とか元気に生きています。

5月28日が命日・・・。
もし、本当にあの世というものがあるのなら、
私が死んだら、ラッキ-と一緒に日本全国の
放浪の旅に出たいなぁ~・・なんて思っています。

私の人生の最大の恩師は
学校の先生などでなく
愛犬のラッキ-だったのです。



引退盲導犬、パピーウォーカーの元へ帰る 





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