こんにちは!

 

きたさんですラブ2020年初投稿びっくり

 

今日はこちらについて!

 

 

나의나라(原題:私の国)ですチューチュー

 

昨日、KNTVで最終回の放送があり、今日視聴して完走ホヤホヤ状態ですラブラブ

 

 

あらすじや高画質スチール等はこちら↓

 

http://tv.jtbc.joins.com/mycountry

 

 

 

JTBCで16話完結の時代劇ドラマとして放送されましたが、

 

壮大なスケールで描かれた朝鮮初期の様子。

 

ノースタントで繰り広げられる激しいアクション。

 

登場人物それぞれの細かな心情描写。

 

圧倒されましたびっくりびっくり

 

 

なにより。

 

『私の国』というタイトルに基づき、それぞれの国・信念が描かれていて、

 

主人公以外の様々な立場からでも作品を立体的に楽しめる、素敵なドラマでしたラブラブラブラブ

 

 

 

いままであった国が覆り、すべてが新たなものへと変わるその動乱期。

 

この時代に生きた登場人物それぞれが思う国とは、どんなものだったのでしょうか。

 

その国のために、彼らはどんな信念を持ち、どう行動し、生きたのか。

 

そういう視点から見てみようと思いますウインク

 

 

 

まずソ・フィ。

 

彼の国は「自身にとって大切な人」でした。

 

国が変わる、という大きなスケールに興味はなく、ただ純粋に、自分の大切な人とともに、おいしいご飯を食べて笑いあう。

 

そんなささやかな幸せを得られる場所を守りたかったのでしょう。

 

ですが、彼は時の大きな流れに飲まれていきます。

 

父親の件で不遇な目に遭い、科挙も不当に落とされ、軍役を課されて、挙句捨てられてしまいました。

 

どんな目に遭っても大切なもののため、と受け入れてきたのに、その大切なものすら失ってしまいます。

 

 

妹のヨンはその最たるものでしょう。

 

それでも、時に復讐に駆られようとも、フィは変わることはありませんでした。

 

自分にとって大切なものとは、「自分が大事に思う人」と『自分を大事に思ってくれる人』のことである、と彼の中で結論が出たのでしょうか。

 

それゆえに、フィは最後に、大切なもののために自分の命を差し出します。

 

そうしてフィは、「国」を守り、大切なものの笑顔とその居場所を守り抜きました。

 

自己犠牲、とみるのは簡単ですが、フィの意志はその「国」の中に確かに息づいています。

 

そして、そうした者たちが生きる場所が、未来永劫続く大切な国という場所を作り続けるのでしょうねえーん

 

動乱期を生き抜いたヒジェやパク・チドたちの中にいるポヨンという赤子・「次の世代」がその象徴でしょう。

 

 

 

 

 

ナム・ソノ。

 

私は彼に共感しちゃいました。

 

誰でも、フィやバンウォンのように自身を見極めて突き進むことができるとは限りません。

 

自分にとって大切なものが見えない、何を軸として生きるのが正解かわからない。

 

今まであった国の体制が覆ってしまうような動乱期であれば、尚更だと思います。

 

ソノはずっと、庶子という自分の身分に苦しんでいました。

 

そんな現状から抜け出したい。身分が関係ない世界にしたい。

 

そんな思いから、それが実現された世界こそが自分の国と信じて、ソノは動きます。

 

でも、ソノは常に迷い、失敗し、フィと同じく大事なものを失っていってしまいます。

 

フィとの友情を何度も断ち切ってしまいます。

 

どう思われても守りたかったヨンの命も、その手から滑り落ちてしまいました。

 

そして。

 

 

臣下の国を夢見た父・ナムジョン。

 

父とは大きな確執がありましたが、結局それを埋めることは叶いませんでした。

 

父の理想が自分を、フィを、ヨンを、ヒジェを苦しめるから立ちむかう。

 

そうであっても、父です。

 

奴婢の母を死に追いやっていても、

 

ソノにとって彼は「父」なのです。

 

だから、時には友に剣を向けてでも、父との決着は自分でつけたがったのでしょう。

 

ナムジョンはバンウォンによって殺されましたが、ほっとする一方で、自分が執着したモノを亡くした喪失感にも苛まれることとなってしまいました。

 

しかし。

 

ソノは最後の最後に気付きます。

 

自分が本当に大切だったもの、大切な「自分の国」はもうそこにあったのです。

 

彼にとっても、国とは大事な「人」のこと。

 

ソノとフィは同じだったのです。

 

だから、因縁があっても父親にこだわっていました。

 

身分のない世界を作る理想、それに突き進むにも悩み・苦しみが尽きないのは、同じくらいフィが大事だったからです。

 

ヒジェに卑怯者と言われても、フィと剣を交えてでも、ヨンという人が大事だったからです。

 

 

フクソノの死が、ソノにそれをはっきりと認識させたのかもしれません。

 

 

「私の国は、もうそこにあったのに」

 

最期にソノが言った言葉。

 

やっと気づくことができたその時、そばにはフィが。

 

ソノはやっと、帰ってくることができました。

 

彼にとって最期の日は、今までで一番穏やかで安らげる日となったことでしょうえーん

 

やっと、彼はそれに気づくことができました。

 

 

 

 

 

イ・バンウォン。

 

初期朝鮮を描くうえでは欠かせない、実在した為政者。

 

歴史では彼の功績や血塗られたその行動ばかりが目立ちますが、本作品はちょっと違いました。

 

チャンヒョクさんが力を入れた部分、人間的な描写が多く盛り込まれ、それがこの作品をさらに深くしている。そんな印象を持ちました。

 

 

 

バンウォンの信念とは「王となって朝鮮を強大な国とする」こと。

 

そのための犠牲はいくらでも払い、それを背負う覚悟を持って生きる人物です。

 

ですが、バンウォンは常に孤独と寂しさに苦しんだ人物でもあったのではないでしょうか。

 

 

父、イソンゲ。

 

朝鮮開国のため、共に剣を握って戦ったというのに、バンウォンは父に疎まれてしまいます。

 

高麗の忠臣を殺害したときも。

 

信念が異なる自身の師匠を死に追いやったときも。

 

バンウォンはソンゲの意向をくみ取り、動いた節があります。

 

それなのに、大事な息子だと言いながらソンゲはバンウォンを部下のようにしか扱いません。

 

「大事な息子」という目で見るソンゲの視界に、バンウォンは入っていないのです。

 

 

最終的にバンウォンは決定的にソンゲと対立することになり、結果バンウォンは疎まれながらも王になります。

 

ですが、バンウォンは父に「ご苦労だった」の一言すらもらえませんでした。

 

きっと、イバンウォンという一人の人間は、ただただその一言が欲しかったのかもしれません。

 

ただ、父に見てもらいたかっただけだったかもしれません。

 

(そういう意味で、ソノに「自分と似ている」と言ったのかもしれません。信念と個人の願いとの間で苦しみ、自らの罪を背負って苦しみ…そんなソノに自分を重ねたのでしょう。)

 

 

それだけではなく。

 

この作品では、行動を起こし血を流すたびにどこか苦しそうに、寂しそうに回顧するバンウォンが描かれています。

 

ナムジョンとの死闘直前。

 

ソンゲとの会話によって、「父が、息子の死の舞台を用意した」ことがわかります。

 

改めて、父が自分に死んでほしいと思う気持ちがあることを知ったバンウォンの表情には、呆然とした感情が映っていました。

 

世子・バンソクの死。

 

バンソクの亡骸を見つめるバンウォンはどこか悲しそうで。

 

その亡骸を抱きしめむせび泣く父の姿に、感情が抑えきれず、手が震えてしまっていました。

 

(バンソクは「息子」として悲しんでもらえるんですもんね…葬儀の際にソンゲに言い放った言葉は、ソンゲにではなく、バンウォン自身を慰めるものだったのかもしれません)

 

兄・バンガンの反乱。

 

冷静に敵の戦略を考えて自身の兵の配置を考えることはできても、「兄を手にかける」ことに心が重くなる様子が描かれていました。

 

そして、わかっていたことであっても、つらいこと。この反乱が兄と父によって起こされ、彼らの望みは「バンウォンの死」であったこと。

 

それを知らされるバンウォンの瞳からは一筋の涙。何度も繰り返されるこの苦しみに心が悲鳴を上げたのでしょうか。

 

 

 

バンウォンは、良くも悪くも父ソンゲの生き写し。

 

その血を最も強く受け継いだ人物だったともいえるでしょう。

 

国を覆し、作ったソンゲ。国を何百年と続かせる地盤を築いたバンウォン。その手腕も。

 

息子を使って邪魔者を掃討したソンゲ。手に入らないものは敵になる前に壊すバンウォン。その冷酷な決断力も。

 

子供の死に涙を流したソンゲ。父に焦がれ続け、兄弟の殺し合いを嘆いたバンウォン。その家族への思いの強さも。

 

 

ただ、バンウォンがソンゲと違うのは、『見ている世界』の広さでしょう。

 

ソンゲは国全体を見ていましたが、国の繁栄には目が向きませんでした。あくまで自身の権力にこだわっていましたね。

 

バンウォンはソノよりも、ソンゲよりも、『先』を見通していたのでしょう。

 

だからこそ、善悪のあらゆることをしてのけるだけの覚悟ができたのかもしれません。

 

 

 

でも「覚悟ができること」が「その苦しみを回避する」ことにはなりません。

 

苦しみ・寂しさ・悲しみを感じればその分傷つきます。

 

これを感じない人間などいません。バンウォンであってもそれは同じはずです。

 

その姿が、この作品では細かく描かれていました。

 

 

 

物語最後。

 

自身が夢見たとおりの力を得て、信念を貫いたそのとき。

 

彼に賛辞を贈る人はいませんでした。彼に「ご苦労さま」と言ってくれる人もいませんでした。

 

父との絆を断ち切り。

 

側近を手放し。

 

手に入らないフィを葬り。

 

すべてを「壊した」もう一つの結果でした。

 

広い部屋でたった一人、玉座でこぼした笑顔と涙。

 

あれはバンウォンが、最後に表に出した自身の素直な心かもしれません。

 

 

 

 

それぞれが抱える国。それぞれが思う自身の国。

 

それを実現し、守り、生きていくことはどれほど大変なことなのでしょう。

 

その国が大きければ大きいほど、大事であれば大事であるほど、それには覚悟が必要です。

 

国が見えない者は本当に大事なものがわからない。

 

国を守る覚悟が持てない者はそばにいるものすら守れない。

 

とても難しく、怖いことですよね。

 

 

 

この時代だからこそ、こうして強く描かれた「国」という名のそれぞれの人生や信念。

 

現代に生きる私たちに、ここまでの覚悟が必要なのかは分かりません。

 

ですが、私たちは彼らと同じく、大切なもの・すなわち「国」を抱えていると思います。

 

そのために、職場や学校、様々な人間関係において彼らと同じ戦いをしている方も多いのではないでしょうか?

 

きっと、彼らそれぞれの決断や生き様から、私たちが学べるものがあると思います。

 

 

 

とても深い作品でした。

 

私はまだ世間のことが見えていない・世の理の表裏を理解していない若者ですので、

 

ソノにすごく共感したのかもしれません。

 

きっと、それぞれの年代・立場の方がみたら、共感の仕方や作品の感じ方が変わってくると思います。

 

そうやって、多くの世代の共感を得られる作品なのでしょう。

 

 

 

この作品に出会えてよかったですラブラブ

 

また何度でも観直して、円盤が出たらそちらでも堪能予定ですビックリマーク

 

この作品を完走された方ともお話してみたいラブラブ

 

 

 

 

 

 

さて、本日はここまで!

 

脈絡とは?な文章でしたが、観てくださり、ありがとうございました音譜

 

では、またラブラブラブラブ