「ふわぁ...。 眠ぃ...。」
慶は雪が積もる中、眠そうな顔で自主練のために朝早くからダンススクールに足を運んだ。
昨日は優希と沙希に夜遅くまで付き合わされ、殆ど寝てない。
そのため、彼はいつものように堂々とした態度ではなく、しょんぼりとして、どこか存在が静かに感じられた。
「優希と沙希...。 2度と口聞かねえ...。」
彼はスクールのドアを開け、いつも通りに階段を上り始めた。
「ええ。 大丈夫です。 はい。」
上の階から声が聞こえてくる。
誰かと電話しているのであろう。
声は京極豪のものであった。
龍に話を聞いた後、彼のことを警戒しながらここ数ヶ月を過ごしたが、特に変わった点はなく、龍がただの中二病ヤンキーであるということで勝手に結論がついた。
慶は、声をかけるのは嫌だったため、大人しく階段に座って待っていることにした。
「そうです。 もうそこまで来ました。」
相変わらず丁寧な口調だ。
「もうすぐですよ。 もうすぐで全部が終わります。 アイツは終わりです。」
アイツ?終わり?なんのことだ?
普段は優しい豪の口から有り得ない言葉が飛び出していることが気になった慶は、息を殺し、彼の会話を盗み聞きし始めた。
「慶?」
「!?」
後ろから声をかけられ、振り向くと、龍がいた。
「しーっ!」
「?」
慶は龍を呼び寄せ、今の状況を耳打ちした。
「だから言っただろ...。」
「でもなんの話だ...?」
「聞いていれば分かるだろう...。」
俺たちは壁に耳を当てて、声を聞いていた。
「ええ。 殺そうと思えばいつでも。 もう全ての準備は出来てますので、後は数日中に実行に移すだけです。」
殺す...?
「まさか...!」
「お前のこと、だろうな...。」
「嘘だろ...!」
「アイツは、まだまだガキです。 龍がチラついてますが、邪魔になれば一緒に消すまでですよ。」
「...お前も危なそうだな。」
「俺はアイツより強い...。」
「...そっか。」
「じゃあ、もう切りますね。 ええ。 失礼します。」
どうやら電話を切ったようだ。
「取り敢えず、逃げる...。」
「ああ...。」
俺は龍を連れて、優希と沙希が待つ家に帰ることにした。
-自宅-
「ただいま〜。」
「お邪魔します。」
「あれ?慶と龍くん?自主練は?」
部屋に帰ると沙希がいた。
「雪で電車止まってた。」
「ふ〜ん、そうなんだ。」
「優希は?」
「今トイレ行ってるよ。 お腹痛いって。」
「腹出して寝てっから腹壊すんだよあの馬鹿女...。」
「誰が馬鹿女なの!?」
そんな話をしていると優希がトイレから戻ってきたようだ。
まさに噂をすればなんとやら、である。
「帰ってきたか馬鹿女。 腹大丈夫か?」
「まあ、なんとかね。 それより...。」
「?」
優希は龍のことを見ていた。
「ああ、紹介遅れたな。 こいつは俺の...なんだ?」
「友達でいいんじゃないの〜?」
「友達じゃあ... ないよなぁ...。 まあ、こいつの名前は京極龍だ。」
「龍くんね! 私は慶の幼馴染の右京優希! よろしくね!」
「ああ。 よろしくな。」
龍はそう言うと、ソファに座ってしまった。
相変わらず無愛想な男だ。
「それより、沙希は帰らないで大丈夫なのか?」
「あ〜、それなんだけど〜...。」
「なんだ?」
「私も雪で電車止まってるっぽいんだよね〜...。」
「はぁ...。 動くまで居ていいよ...。」
「さっすが慶! 優しいね〜!」
「で、優希は? お前は家隣だよな?」
「うん? だから?」
どうやらこの女だけは全く帰る気がなさそうだ。
「もういいや... 諦めよう...。」
「なあ、慶。 ちょっといいか?」
「ん?」
「ここだと都合が悪いから少し出よう。」
「? 分かった。」
俺と龍は雪の降る中、いつもの神社に来た。
「ここならいいだろ。 で?話って?」
「ああ。 さっきのことでお前も分かったと思うが、豪は危険すぎる...。 お前もそれは分かっただろ?」
「まあな...。 でも、殺すって言ってもどうやって殺すんだよ。」
「あいつのバックにはデカいやつがついてる。 その力を使うんだろう。」
「誰だ?それ。」
「さあな。 そこまでは俺に分からん。 だが、強大な力を持っていることだけは確かだ。」
「で、お前は俺にどうしろってんだ?」
「...逃げろ。」
「は?」
「逃げるんだ。 どこか、遠くへ。」
「そんなこといきなり言われたってよ...。 ってか、俺が逃げたら姉貴や沙希たちはどうなるんだよ!?」
「.....。」
龍は黙ってしまった。
「俺は絶対に逃げねえ! あいつと闘う。」
「だが、それだとお前の命も...。」
分かってる...。でも、俺だけ逃げて、あいつらを死なすわけにはいかないんだよ!」
「フッ... そうか...。 後悔すんなよ?」
「俺は一度決めたことは絶対にやめねえ。」
「分かった。 俺もお前を死なすわけにはいかない... ん?なんだ?」
「どうした?...なんだこいつら?」
「早速豪が動いたか...。 行くぞ、慶。」
「ああ...。 オラァ!」
-十数分後-
「はぁ...はぁ...。 なかなかの強さだったな...。」
「ああ...。 だが、この程度の奴らで息が上がってるようではこの先、生き抜いて行けんぞ?」
「大丈夫だよ。 俺は追い込まれてから初めて本気が出せるんだから。」
「...そうか。 じゃあ、俺はもう行く。 お前も早く家に帰るんだな。」
「はいよ。 気をつけてな。」
「...藤堂。」
帰り際に龍に呼び止められた。
「ん?」
「これからもお前のところには豪の息がかかった連中が現れるだろう。」
「だろうな。」
「だが、俺はお前を死なすわけにはいかない。もちろん、お前の家族や仲間たちもな。」
「...。」
「だから、俺で力になれることがあったらいつでも協力する。分かったか?」
「おう。 心強いよ。」
「フッ...、それだけだ。 分かったらとっとと帰れ。」
「ああ、じゃあな。」
背中を向けてながら手を振って、龍と別れた。