美恵の訃報は、すぐに澤村の耳に入った。
彼女の死因、現場の状況、何もかもが。
警察の現場検証の結果、他殺と判断されたらしいが、その後、犯人は事件現場から数キロ離れた駐車場で服毒自殺をしたようである。
そして、車内からは犯人の死体が見つかった。
"京極"とだけ書かれた遺書とともに...。
「ねえ、パパ。 ママはどうしたの?」
「ママは... ママはな... 遠いところに行っちゃったんだ...。」
「それってどこなの〜?」
まだ小さな慶には、母親が死んだということがよく分かっていないようで、何日か経てばまた自分たち家族の元へ帰ってくると思っているようだ。
「...慶。」
「な〜に?」
「慶は男の子だから強いよな?」
「うん!僕はつよいよ!」
慶は無邪気で、屈託のない笑顔を見せた。
「そうか...。 そうだよな。」
それを見て、澤村も笑った。
澤村の心になにか踏ん切りがついたのであろう。
「パパどうしたの? きょうのパパはへんだよ?」
首を傾げて、澤村の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないよ。 じゃあ、パパはお仕事に行ってくるから、慶は潤おじさんの所に行こっか。」
「うん!」
澤村と慶は2人で車に乗り、藤堂潤の元に車を走らせた。
-昨日-
「もしもし?潤か?」
『おお!太一! どうした?』
「お前にどうしても頼みたいことがある。 いいか?」
『いいぞ!なんでも頼まれてやる!』
「慶を、俺の息子を、お前の養子にしてほしい。」
『ど、どういうことだ!?』
「実は...。」
澤村は一連の事件を全て潤に話した。
美恵が殺されたこと、自分たちが恨まれているということ、京極が黒幕であるということ、そして慶が危ないということも。
『そんなことがあったのか...。』
「急で本当に悪いんだが、頼まれてくれないか。」
『俺は大丈夫だが、どうやって慶くんを説得するんだ?』
「明日、慶をお前の家に預ける。 そして、俺は何週間か出張に出たことにする。 その間に養子縁組を済ませようと思っているんだ。」
『そ、そんな簡単にことが運ぶわけないだろ?』
「それは充分承知してる。 だが、俺にはもう時間と選択肢がないんだ...。 お願いだ...!」
『...分かった。 お前がそこまで言うなら慶くん、いや慶を一生育てて行く。家内は俺がなんとか説得しておく。』
「本当か...?」
『ああ。 でも、後悔しても遅いんだぞ?』
「...俺も男だ。 振り返るつもりはない。」
『...そうか。 じゃあ、明日...な。』
「頼んだぞ...潤...!」
-数時間後-
2人は潤の家に着いた。
「久しぶりだな、太一。」
「ああ。久しぶり。」
「わ〜! 慶くんだ! 麻衣ちゃん! 慶くんが来たよ!」
「本当!? あっ! 慶くん〜!」
「愛ちゃんに麻衣ちゃん!久しぶり!」
「ふっ...。」
「本当に、いいのか?」
「ああ。」
「これが最後のチャンスだぞ。」
「分かってる。」
「...後は俺に任せておけ。」
「恩にきる...!」
「じゃあ、最後に慶に挨拶してこい。」
「ああ。」
「パパ〜!」
慶は愛と麻衣を連れて走ってきた。
「慶...。」
「うん?」
「じゃあな。」
「? うん!バイバイ! お仕事頑張ってね!」
「ありがとう。 行ってくるね。」
「行ってらっしゃい!」
この瞬間、慶は藤堂潤の養子となり、澤村と十数年の別れを交わすことになった。
-回想終了-
「っとまあ、簡単に纏めるとこんな感じだ。」
「恋愛の恨みって恐いんですね...。」
優希は肩を震わせた。
「京極健の場合は、ヤツが所謂サイコパスでな。 子供を産んだ理由も、私への復讐の道具にするためだったらしい。 幸い、双子の片方が正常な人間であったから今もこうして生きてはいるが。」
「龍...。」
薫は京極龍を思い出し、下唇を噛んだ。
それを見て、武田は顔を俯かせる。
「澤村さん。」
「なんだ? 有希子ちゃん。」
「慶はさっきの話の後、どうなったんですか?」
-Kei side-
「これが、慶が俺たち藤堂家の家族になった経緯だ。」
話を終えた涼は、大きく一息ついた。
恐らくこの話をすることに対して、相当な度胸が必要だったのであろう。
「俺に、そんなことが...。」
慶も彼のルーツをたった今初めて知ったようだ。
「慶はまだしも、愛も麻衣もなにも覚えてないのか?」
「私はなにも覚えてない...。 気づけば慶ちゃんが一緒にいたから...。 麻衣ちゃんは?」
「...実は私、なんとなく覚えてた。」
「え?」
「記憶の片隅に薄く残ってる。 有り得ない話だからずっと夢だと思ってたけど...。」
「麻衣...。」
「で、でも、慶くん、その京極豪って人に狙われてるのに、なんで大丈夫だったの? 話を聞く限りだと、相当危ない人に聞こえるんだけど...。」
遥香が慶の過去を掘り下げようとする。
「遥香ちゃん...。 それは慶が...。」
仙道が慶を気遣って止めに入る。
「いや、いいんだ仙道。ありがとな。 でも、遥香には俺の過去を知る権利があるんだ。」
「...辛くなって泣いたらまた私が抱き締めてやるからな。」
「...ああ。 じゃあ、覚悟して聞いてくれ。
あれは中学校3年生の冬の話だ... 確か、雪がめちゃくちゃ降った年だった...。」
次回から遂に慶と京極の因縁を描いた最後の過去編が始まります。