どうも、まぐまぐです。
久々に自分の考えを文字にしようかと思います。
「察し」
相手が何を言いたいのか、伝えようとしているのかを
感じとり、会話を円滑に変えていくもの。
言い換えれば、相手の先回りするようなもの。
「決めつけ」
自分の中にある方程式や常識に相手の発言をあてはめてしまうこと。
文字どおり決めつけ。
自分の中ではこういった形で分けてとらえている。
この二つのなんというか会話での立ち回りとでもいえばいいのだろうか、
使い分けは非常に難しい。
かつ、その言い方使い方次第で周りからの評価に大きく違いが生じる。
1.この二つは相手の発言に対する返しという点で共通している。
(相手の雰囲気からすでに自分の中ではどちらかの感覚が生じてるやもしれないが・・・)
2.最初の自分の定義では、「決めつけ」は悪いことにしか聞こえないだろう。
また、「察し」は良いことに聞こえるだろう。
しかしいつもそうとは限らない。
この二つはその時の会話の内容、テンション、相手や周りの感覚次第で
良くも悪くもなり得る。
3.もう一つは使用頻度というか、度合いである。
両者とも使いすぎ、やりすぎは悪いほうにしか働かない。
自分は個人的にしつこくならない程度に、一種の合いの手として「察し」を
使っており、会話が一方通行のまま停滞しないように、
多少ツッコミの要素を入れつつ「決めつけ」を使っている。
比率は7:1程度が目標というか、目安と思う。
こんな数字を頭で考えながら会話をしているわけでは無いが、
自分はそのくらいがいいと思っているということである。
この比率は個人差があって当たり前。
そこが会話をしていて面白いところでもあると思う。
少し話題からそれるが、俗に言う"上から目線"という感覚は
この比率の極度な崩壊から起こってくるものだと思う。
この使い分け、比率が会話の中で相手にどんな印象を与えるかに
深く関わってくるのは間違いない。
また、聞き上手と言われる人は実は返し上手であると自分は思っている。
いかにしてこの感覚を極めようか・・・
今回の記事は、自分の思うことであり、伝わりづらいことだと思います。
わかりづらかったらすみません。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
記事を通して感想等あればぜひ聞かせてください!
それでは、また・・・
”人間は○○と○○の2種類に分けられる”なんていう言葉をたまに聞く。
でも、
世の中そう簡単に分類できない。
勝ち組・負け組。
それはどちらかに偏った人の言うこと。
その人の本当の気持ちなんて知らずに・・・
明るい人・暗い人。
それはあなたが知ってるその人の一面。
立派な人・だらしない人。
それはあなたの物差し。
・・・
人は知らず知らずに相手を知ろうとし、その過程でカテゴライズを重ねる。
”○○ってことは~~なんでしょ??”
みたいに
自分自身だって何者かわからないのに、他人をわかりきることなんてできるはずない。
自己分析→意識→変化→影響・・・
いろんなカテゴライズを超えて、
”あの人、なんかいいな”って思われる人になりたいな・・・
どんな生き方をしよう・・・
でも、
世の中そう簡単に分類できない。
勝ち組・負け組。
それはどちらかに偏った人の言うこと。
その人の本当の気持ちなんて知らずに・・・
明るい人・暗い人。
それはあなたが知ってるその人の一面。
立派な人・だらしない人。
それはあなたの物差し。
・・・
人は知らず知らずに相手を知ろうとし、その過程でカテゴライズを重ねる。
”○○ってことは~~なんでしょ??”
みたいに
自分自身だって何者かわからないのに、他人をわかりきることなんてできるはずない。
自己分析→意識→変化→影響・・・
いろんなカテゴライズを超えて、
”あの人、なんかいいな”って思われる人になりたいな・・・
どんな生き方をしよう・・・



