福田雄一作品はどうも笑いの波長が合わずに、これまで面白いと思った事はほんどなかった。

だがこの作品は、最初から最後まで楽しむことができた。

 

かつて伝説の殺し屋と言われた坂本太郎(目黒蓮)は、葵(上戸彩)と出会った瞬間に恋に落ち、あっさり殺し屋を引退した。

そして葵と個人商店を営み、娘の花、そしてアルバイトの陸少糖(横田真悠)と一緒に、平凡な毎日を過ごしていた。

だがかつてのボス(加藤浩次)に、現在の居場所がバレてしまう。

ボスの指示を受け、相棒だったエスパーのシン(高橋文哉)が太郎を殺しにやってくるが、まったく歯が立たなかった。

シンはボスに、自分の命を差し出すから太郎を見逃して欲しいと頼むが、ボスはシンの頼みを聞かずに殺そうとしてしまう。

そこに太郎が駆け付け、ボスを倒してシンを助けてくれた。

シンは太郎の店を手伝う事にするが、太郎に10億円の懸賞金が掛けられたため、次々と殺し屋襲い掛かってくることになってしまう。

 

そんな中、花が小学校に入学することとなった。

太郎と葵は陸とシンに店番を任せて夫婦で入学式に行くのだが、陸とシンがケンカをしたときに謎の集団が店に現れ、陸を葵と勘違いして連れ去ってしまう。

太郎とシンは陸の救出に向かった。

 

アクションシーンもCGも、かなりいい出来であった。

役者陣の演技もシリアスと笑いでメリハリが付いており、完成度はかなり高いと感じた。

 

これまでの福田作品はだいたい全体のどこかで、ストーリーとは関係のない笑いのシーンが無理やり織り込まれていた。

おそらく最初は佐藤二朗あたりがアドリブで演じ、それが面白かったので恒例となっていたのだろうが、個人的にはこの無理やりの笑いのシーンに波長が合わなかった。

ただ、私だけが違和感を感じていたわけでもないようで、必ずしも毎回観客が大爆笑するわけではなく、完全にスベって劇場全体が変な空気になり、観ていて痛々しくなった事もある。

 

しかしこの作品では、ストーリーの流れを無視して笑いを取るシーンはなかった。

もちろん、福田作品特有の笑いのシーンもあるのだが、きちんとストーリーの流れにそっていたため無理なく笑えた。

後半はアクションが中心のため、ストーリー展開に強引な部分もあったが、それも許容範囲内だ。

 

原作も連載継続中のため、この後の続編も構想されているのではないかと思うが、出演者があまりも豪華なためなかなか難しいかもしれない。

それでも続編が公開されたら、必ず観に行こうと思う。

 

 

67.SAKAMOTO DAYS



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世界中でヒットした「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の続編である。

スーパーマリオはかろうじてファミコン版をプレイした事があったが、スーパーマリオギャラクシーはプレイしたことがないため、映画を観てもちんぷんかんぷんになるかと思った。

だが実際には、これまでのNINTENDOシリーズすべてを網羅していて、世代を超えて楽しめる素晴らしい作品になっていた。

 

ロゼッタ姫は「ほうき星の天文台」でチコ(星の子)達と一緒に暮らしていたが、ある日クッパJr.とカメックの襲撃を受け、チコの一人とさらわれてしまう。

クッパJr.にとっては、初めてさらう姫だった。

クッパJr.は父クッパの留守の間もクッパ星を繁栄させていた。

さらに、ロゼッタの力を使った強力な武器を作り、世界制覇を目論んでいたが、ロゼットが逃亡を試みる。

逃亡は失敗するが、ロゼッタは一緒に捕まっていたチコを開放して助けを呼びに行かせた。

 

キノコ王国では、マリオとルイージの兄弟が緊急の配管工事に向かっていた。

そこでワープトンネルを通ってきたヨッシーと出会う。

マリオはピーチ姫の誕生日を祝うために日傘をプレゼントするが、ピーチ姫は誕生日なのに浮かない顔をしていた。

マリオが訳を聞くと、ピーチ姫はキノコ王国で拾われたため、自分の本当の誕生日は知らない、と言った。

そんな時、チコがキノコ王国に落下してくる。

話を聞いたピーチ姫はキノコ王国をマリオたちに任せ、自分はロゼッタを救出するためチコと旅立った。

 

マリオたちはキノコ王国の、日常の業務をこなしていた。

その一つには、小さくなったクッパの世話もあった。

そこに、クッパJr.とカメックがクッパを取り戻しにやってきった。

クッパJr.は王国の城ごと持ち上げてクッパを取り戻そうとするが、マリオたちはクッパJr.が乗ってきたメガレッグを宇宙船にぶつけてそれを阻止。

城はミツバチ王国に落下し、クッパJr.とカメックは引き上げていった。

 

マリオたちは、ピーチ姫を追ってロゼッタを救いに行くことにした。

クッパも小さいまま同行していたが、元の大きさに戻して欲しいと言う。

クッパはかつて世界征服に忙しく、Jr.に何もしてやれなかった悪い父親だったと言い、自分がJr.を思いとどまらせたいとも言った。

マリオとルイージは少し迷うが、クッパを元の大きさに戻した。

 

ミツバチ王国の王女は、キノコ王国の城が落下して国がめちゃめちゃになった事を怒っていた。

そのためマリオ兄弟に強制労働をさせようとするが、クッパは自分の方が兄弟よりも力があるから自分が強制労働をする、二人を行かせてほしいと申し出る。

王女はそれを受け入れ、マリオ兄弟はヨッシーとともにクッパ星へと向かった。

 

まず、構成が非常に面白い。

クッパJr.は父を取り戻そうとするが、クッパはすっかり改心している。

大きさが元に戻った時に悪役に戻るのかと思ったが、マリオ兄弟を裏切ることはなかった。

そのため、単純な勧善懲悪なストーリーにはなっていない。

クッパJr.が世界征服をしようとするのは尊敬する父のためであり、本当の悪とは言えない設定だ。

ストーリーがどう展開するのか、いい意味で予想できなかった。

 

何度も書いているが、最近のディズニー作品は、主人公が世界を裏側で支配する巨悪に気づき、仲間と一緒にその巨悪を倒す、というテンプレート作品ばかりで辟易している。

だが本来ディズニーが作るべきは、こういう作品である。

何が飛び出してくるか、次の展開が読めないおもちゃ箱のような作品であるべきなのだ。

 

冒頭にも書いたが、ゲームのキャラクターもスターフォックスをはじめとして、NINTENDOの歴代ゲームのキャラがいろいろと登場している。

今まさにゲームをしている世代はもちろん、少々ネタバレになるが、ゲームウォッチ世代すらニヤリとする小ネタまでここそこに配置されていた。

 

NINTENDOのゲームをプレイしたことがない人はいるかもしれないが、NINTENDOのゲームが嫌いな人は世界中に誰一人としていないだろう。

キャラクターの相関関係にやや強引な部分もあるが、少しでもNINTENDOのゲームをプレイした人なら、誰でも楽しめる作品になっていた。

家族で観るには最高の作品である。

 

 

66.ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー



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実話を元にしているが、感動の押し売り作品のように思えたのでスルーするつもりだったが、石井裕也が脚本、監督を担当していると言うので一応観に行くことにした。

作品の出来のブレが激しい監督だが、今回はダメな方に出てしまっていた。

 

寺田ナズナ(綾瀬はるか)は千葉県香取で夫の良一(妻夫木聡)、中学生の娘の舞(西川愛莉)と3人で暮らしていた。

ナズナは元々横浜で暮らしていたが、川のある街で暮らしたいと考え香取に来ていた。

ここで食堂を経営し、食堂で出す野菜も自分の畑で育てている。

 

ナズナには、舞に言えない秘密があった。

良一はどこかのタイミングで舞に話さなければならないと言うが、ナズナにはその勇気がなかった。

そしてナズナは、高校時代に知り合った初恋の人を思い出し、手紙を書く。

 

17年前、高校時代のナズナ(當真あみ)は、毎日地下鉄で通学していた。

ある日痴漢に遭ったところを、同じ高校生の富久信介(細田佳央太)に助けてもらう。

信介は東大進学数1、2を争う超進学校に通いながら、ボクシングで世界を目指すためにジムに通っていた。

ジムの先輩の川嶋(菅田将暉)からもかわいがられていて、ストイックにトレーニングを続けていた。

だが、毎朝通学電車で会うナズナの事は気になっていた。

 

ナズナは親友から信介の情報を教えてもらう。

自分を助けてくれた信介が、超進学校でボクシングをしている有名人という事を知り、さらに胸をときめかせる。

そして意を決して信介に手紙を書いた。

 

現代のナズナは書いた手紙を出すことができず、カバンの中にしまっていた。

するとあるきっかけで、その手紙を舞に読まれてしまう。

さらに舞は、その手紙を誤って食堂でバイトをしている加代(富田望生)のカバンに戻してしまった。

そして加代は、手紙をポストに投函してしまう。

 

実際には手紙ではなく、地下鉄事故で亡くなった富久信介(実名)への思いを女性がSNSにアップし、それを富久さんの関係者が発見したことが元になっているらしい。

富久さんや菅田将暉演じる元チャンピオンの川嶋勝重、大橋ジムなどがすべて実名となっている事から、富久さん関連のエピソードはほぼすべて事実に忠実なのだと思う。

一方で、主人公のナズナについては、逆にほぼ創作のようである。

この構成が作品をいびつにしてしまった。

 

女性の書き込みを富久さんの関係者が発見しただけでは、おそらく映画にするには長さが足りなかったのだろう。

そこでナズナのエピソードをかなり盛ったのだと思うが、ハッキリ言ってどれも必要ないと感じた。

一番は、偶然が重なって現在のナズナが書いた手紙が、ポストに投函されるエピソードである。

そもそも、舞がナズナの手紙を見つける展開が強引だし、劇中で描かれるナズナと舞の距離感を見ると、舞がナズナの手紙を黙って読むことなどないと思う。

さらに舞が誤って手紙を加代のカバンに入れてしまい、加代がポストに投函すると言う流れは、あり得ないにもほどがあるレベルだ。

こんなどうしようもない偶然の連続を見せることによって、元々が実話であったという重さが薄れてしまっている。

ネタバレになるのであまり詳しくは書けないが、ラスト30分は富久さんはほぼ関係がなくなってしまう。

ナズナが主人公であるのでそれも仕方がないようにも思うが、結果、この事も実話である事を薄めてしまっていた。

 

実話が元になっているのだが、観客を泣かそうと言う無理やりの展開の連続に、逆にドン引きしてしまった。

 

ナズナを主人公にしたことで、何を描きたいのかがぼやけてしまった印象で、もっと富久さん周辺のエピソードに絞り、8割以上を二人の高校時代のエピソードにした方がスッキリしたのではないかと思う。

 

 

65.人はなぜラブレターを書くのか



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