名鉄の最寄駅近くに、博多ラーメンがある。
長崎ちゃんぽんや皿うどんもあるが、ラーメンを食った。
細麺の豚骨スープである。
が、今日はラーメンの話ではない。
店内の壁に「バラモン凧」が飾ってある。
しかし良く見ると「バラモン凧」ではなく、「鬼洋蝶(おにようちょう)」と書いてある。
あっ、これは長崎の人かなと思い、尋ねたら、店主の奥さんが田平町(現平戸市)の出身だと言う。
どうりで、店に入った瞬間さわやかな「ながさきの風」が吹いたような気がした
ちなみに、旅爺の亡き叔父が田平町に住んでいて、西肥バスの運転手をしていた。
平戸 「鬼洋蝶」凧
上部には目玉の大きな怪物が牙をむきだして、下の武士の兜に食いついています。
武士が刀を振りかざして、怪物に立ち向かっている姿が多色で描かれています。
「ようちょう」とは鬼を退治する膺懲(ようちょう)のことかともいわれますが、その語源は不明です。
この絵は、渡辺綱(わたなべのつな)が羅生門の鬼と戦っている場面といわれていますが、それは、平戸周辺を治めていた松浦藩の始祖が渡辺綱であったことからと思われます。
凧絵は「表洋蝶」と「裏洋蝶」があり、表洋蝶の図柄は怪物の下に兜の錣(しころ)だけが描かれています。表凧は武士の子供用、裏凧は町人の子供用だったといわれています。なお、この凧がいつ頃から作り始められたかは、いまのところ不明です。
五島 「バラモン」凧
ばらもん凧とは五島の方言で、「ばらか」に由来し、「荒々しく 向こう見ず」、「荒くれ者、元気者」と言う意味に用いられています。
日本列島の、西端に位置している五島列島の福江島に古くから作り伝えられたのが、このばらもん凧であります。
絵柄ついては、全体の上部が鬼、中段部が武者兜の後ろ姿、下段部が嵐の中の渦をデザインされており、嵐の中鬼が真正面から兜をくわえたままでも前へ進み続ける、敵に後姿を見せぬ勇猛な武者を表現しています。
このばらもん凧の特徴として絵柄の中にクルスの形があり、隠れキリシタンの島、あるいは八幡船の基地として、歴史をもつ五島であるだけにその特徴及び、出所は不明であるが興味深いものがあります。
男の子の初節句(旧3月3日)に我が子を思う親、祖父が作り、天高く 揚げながら凧の上部に付けられた「うなり」で独特の唸声をだし、子供の厄を払い無事成長と立身出世、家内安全を祈願しました
壱岐 「鬼凧」(おんだこ)
昔々、壱岐は、“鬼”がたくさん住んでいた鬼ヶ島だったそうな。鬼は、島を我が物顔で荒らしまくり、島に住む人を苦しめていたらしい。
その鬼の悪行を見かねた豊後国(=ぶんごこく 現大分県)の若武者百合若大臣(ゆりわかだいじん)が壱岐に鬼退治にやってきた。
百合若大臣は、壱岐に着くやいなや、次々と鬼に切りかかり、鬼をやっつけていった。
最後に残った鬼の大将である「悪毒王(あくどくおう)」と相対した。
悪毒王との激戦の末、百合若大臣は刀を振り下ろし、悪毒王の首を斬り落としました。
斬り落とされた鬼の首は空中に舞い上がり、百合若大臣の兜(かぶと)に噛み付いたがそのまま、死んでしまった。
その勇士の姿を描いたのが“鬼凧(おんだこ)”です。