今年の1月、実家へ寄ったときに父から、


「父さんも真鯛釣りに連れて行ってくれ」


そう言われた。



父と釣りに行ったのはわたしが小学生のときに堤防釣りしたのが最後で、かれこれ30年近く竿を握っていないのではないか。ちなみに父は今年で72になる。


連れて行くのは構わないがそんな簡単に釣れるものではない。本人曰く、釣れないのも釣りだということはわたしとの日常会話から重々承知の上だそうだ。


どうせ南に遠征するならどこか行きたいところはないのか聞くと、伊勢神宮の外宮を回ってみたいとのことだった。


なら前日はお伊勢さんへ、翌日は熊野で釣りをしようという話になった。




当日19日の朝、5時前に実家へ着き余裕を持って出発した。8時過ぎには外宮の駐車場に着いた。


そこから1日を通していろいろまわった。

伊勢でのモーニング、外宮・内宮参拝、おかげ横丁での食べ歩き、近くの高架下での昼寝(わたしの寝キャラは両親譲りである)、大内山ミルク村のソフトクリーム、一力庵、そして古里温泉へ。



それから漁港へ向かう。車内で父は今日の観光は本当に大満足だったと言っていた。あとは魚が一枚でもいいから釣れたらと言っていた、30cmもあれば十分過ぎるとも話していた。お伊勢さんで父は明日釣れますようにとお願いをしたそうだ。



21時半に漁港に着き、まずは車内のベッドメイクをした。


漁港では軽食をツマミながらわたしは酒を、父にはコーヒーを淹れてやろうと思ったが、眠いというので車内に促すとあっという間に寝てしまった。




わたしは翌日の準備をした。

スピニングに道糸を巻き、ダンゴを仕込んだ。


そんなに時間はかからず、早めにテントへ入ることができたがなかなか寝れなかった。


もうこれが最後の釣りになるかもしれない。なんとか一枚でいいから釣らせてあげたい。


明日の段取りを考えるとほぼ寝れなかった。

いや、釣りの前日に寝れないのはこの日に限ったことではなかったな。




翌朝の出船時間を迎えた。天気のこともあり不安な気持ちを抱えながら出航し、カセにあがった。


自然相手であるが故にどう転ぶかわからない。

ただあれこれ考えていても仕方がない。今まで培ってきたことを実践するしかないのだ。



スタイルはいつものオキアミと中層ネリエの二刀流である。


わたしはまずオキアミの竿を準備するため、父にはマキエを頼んだ。


竿の準備が済んで仕掛けを流し、わたしは他にも準備するものがあるため父に竿の番も頼んだ。

すると早速2投目から大きなアタリがあった。


ドラグの出方から一目で大鯛とわかった。


父はあまりに不恰好な上、相手が悪い。


ここはわたしが代わりに釣り上げた。73cmの大鯛であった。




直にアタリがあり、今度は程よいサイズのようだ。



50cmはある良型であった。

この1匹でもう満足だと言っていた。


ただ帰るにはまだ早過ぎるので雨が降りそうになるまではやる予定である。


そこから良型を釣り上げた父は「父さんもなかなかやるだら?」などと調子に乗っており、掛かった大物をやらせてくれと言われたのでやらせてみたが案の定3発も切られていた。


朝方は満足だと言っていたが、やはり切られると悔しいものである。それでも最後はサポートをしながらではあったもののロクマルを釣り上げることができた。


まだ時刻は9時半であったが、満足した父は早上がりの時間までカセで横になり寝てしまった。




今回、旅費はわたしが出していたが一つおねだりをして買ってもらったものがあった。



幼い頃、出かけるときに何度か父が買ってくれたことを未だに覚えていた。



お互い釣果に満足をし、カセを後にした。





実家へ帰宅すると今回の旅行は本当に大満足だったと言っていた。


旅行で撮った写真を見返すと、いつの間にか父はこんなに歳をとっていたのかとわたしは驚いた。



「また頼むな」

父は言った。



年齢を考えると身体に不自由が出てくるのも遠い将来の話ではないだろう。釣れないのも釣りということを告げてからまた連れて行こう笑






※ 今回の釣行記録は後日アップします