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退屈



今日は雪のため図書館へ行くのを中止にして少し時間があるので(最近は沢山あるけど)日記を書くことにする。しかし、前回のとおりまたとりとめもなく書いていこう。


携帯が壊れてここ何日間か誰とも話をしていないので何かコミュニケーションをとる手段、といっても掲示板のようなインターバルを感じるものではなくリアルと同じくらい当座の会話ができるものがないかネットで探していると、チャットやネトゲ等を見つけた。前々から知ってはいたが、いささかためらいを感じさせる。というのも前者は既に会話中の中に割り込む形が大半であり、後者はコミュニケーションをとるためにやっているのにいつの間にかただゲームをプレイするだけの自分にとっては本末転倒のようなことが起きてしまうんじゃないかと危惧しているからだ。ただ後者はしたことがないのでやってみないとわからないのだが。


外山滋比古さんの「思考と整理学」を数日前読んだ。話の内容はうろ覚えなので簡単に説明すると大学生が卒業論文のを書くのに苦労をするのはグライダー型人間が多いからだという。グライダー型人間というのは今まで小中高と教師に詰め込まされて暗記力においては優れているが創造性にいまいち欠けている人間のことだという。因みにその反対は飛行機型人間。前者の人のためにどのように題材を探し、内容をまとめていくかが主に書かれている。上記の題材を探しの過程では思いついたアイディアを忘れないうちにカードや何かに書いて、それをしばらく寝かしておくことで後々それを発展させていくことができる着想に直面するようだ。これを発酵という。勿論、それがうまくいかなかったら潔くそのカードを捨て新たなアイディアを探すことを繰り返す。非常にわかりやすく今後大学生になる身の自分にはためになった。他にもさまざまなことが記されているので興味がある人は一読してみた方がいいと思う。





思考の整理学 (ちくま文庫)/外山 滋比古



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久々に文章を書いて少し疲れたので今回はこのくらいにしておく。今は今井むつみさんの「ことばと思考」を読んでいるのでそれもできたら今度感想文的なことを書こうと思う。







 




 




今宵


受験が終わり一段落ついたのでまた更新し始めようと思う。


久々に文章を書いてどこかぎこちなさを感じるのでとりあえず、近況報告を箇条書きし終わりにしよう。





ここ二週間ほど図書館に半日籠もることが続く。


封印していた(それほどでもないけど)パソコンを開きネットサーフィン。


基礎的なな勉強のやり直し。





途中で終わる

また此処へ書き込む自分が情けない。以前から本当に止めようとそれとなく自分に言い聞かせていたにも関わらず、結果がこれでは結局自分は自分自身との葛藤に負けたんだ。一体自分自身とは何なんだろうか。そこに自分という意識があり、他者を認識することが出来ればそれが自分なのか。わからない。思索を繰り返してもたどり着くのは投げやりな結論で自分を無理に納得させること。そしていつの間にか考えていた問題を忘れて、自然にそれを避けている。これは個人個人の性格によるものなのか、いや自分はそうは思わない。誰だって自我、時間、死こういった諸々は検討つかないので無意識に避けているに違いない。それにどれも他者に不快を与えしまうものだろうから