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無題

IDやその他諸々を忘れてしまい、しばらく更新が途絶えていた。


まあ、別に自分の日々の出来事なんて同じことの繰り返しだから、このまま放置でもよかったんだけどね。


以前の日記を少し見返してみたけど、相変わらず成長という成長がみられない拙いブログだと思った。


それはそうだよね。誰が見てるわけでもないし、交流もないからね。


かといってこれはただの独り言を綴っているだけだからとやかく言われたくないので現状維持でいいのかも知れない。





そういえば、今年の4月から始めたコンビニのバイトを今日を持って辞めることになった。


理由は言いし難いので書けないけど、今振り返るとなんて未練がましくて情けない決断をしてしまったな~、


と思うような事情です。これからどうなるんでしょうね。下手したら自宅警備になり兼ねないw





それは考えないことにしよう。





そろそろ身支度があるので今回はこれでおしまい。また何か書きたくなったらその都度更新して行こう


自己分析





壊れた携帯を修理に出して早2週間。一体どのくらいかかるのだろうか。データをバックアップしなかったから今の代替機には一切データが入っていない状態だ。そのため誰とも連絡できないので毎日図書館へ通うことの繰り返しだ。


図書館では誰かと話すわけでもないので自分のコミュニケーション能力がどんどん落ちている気がする。


別に一生話さずにいられるのであればそんなこと端から考えないんだけど。この世界で生きていくにはそうしなければならない。なんだかもどかしい。でも、それとは裏腹に言語を学んでいると興じることがある。


不思議だよね。コミュニケーションを取るのは好まないのに言語は好きだなんて。そう考えてくると、きっと他に何か会話を忌みする理由があるはずだ。大体は見当つく。それは精神的なものだろう。年を重ねていくうちにそれはいやが上にも衰弱していく。その原因を突きとめるのは一筋縄ではいきそうにない。他者と関わるのは難しいものだが、自分と付き合っていくのもまた骨が折る。恐らく自分の感情を上手く律することができないのだろう。未だに理性より本能に負けてしまってるのか。

この頃、自由な時間が多いので本をいつもより読めるので心持が好い。今はソフィーの世界を読んでいる最中なのでまだ感想を書けないが次回かそのあたりにでも書こう。






言語の奥深さ

昨日に打って変って今日は晴天だったので図書館へ行った。平日の昼間はそれほど学生がいないので割と空いていて落ち着く。そういえば、昨日は久々にチャットをした。中々会話が弾まなくて手こずることがあったけど、二人ほどとは有益な情報が得られてとても満足した。


これといってもう話題がないので読書感想へいこう。


「ことばと思考」を読み終えた。


内容は異なる言語を使用している人同士では対象への認識が違うのかといったことで、それを実証するために話が進んでいく。中でも殊に興味が惹かれたのは「持つ」という言葉の多様性。日本では持ち方によって担ぐや提げるや抱えるなどといった使い分けをするが、中国ではそれはもっと多様である。例えば、日本では片手で持つ時それはただ「持つ」というが中国ではそれにちゃんと名前(忘れた)が付けられている。今のを含めて確か15種類くらいは「持つ」に名前があるらしい。


次に、方角について日本人は普段よく「右、左、下、上」等で指示をするがそれがない民族ではどうするかというと、「東、西、南、北」の方位を使う。前者は人を視点としているのでその場に応じて変わるので相対的だが、後者は不変なので絶対的だ。そうなればその民族との認識の把握が違ってくるのか両者がどのように物の配置の仕方をするか実験する。


それと、色の識別においてもその国々によって違いがでる実験がまた興味がそそられた。日本人はオレンジ色と言われればみかんなどの色がそうであるけど、英国の人にとってはそれは茶色と認識されている。それで作者の知り合いは面食らったようだ。


まだまだ書き足りないけど、これ以上書いていると切りがなさそうなのでこのあたりで閉めよう。




ことばと思考 (岩波新書)/今井 むつみ



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