ROC(ロシア五輪委員会)の北京五輪フィギュアスケート代表、カミラ・ワリエワの検体から禁止薬物が検出されたというニュースが発表されたことで、彼女の個人戦出場は一時不透明な状態になった。そして出場できるか否かはCAS(スポーツ仲裁裁判所)の手に委ねられた。
そして、2月14日午後。ワリエワに「出場許可」というニュースが届けられた。なお、3位以内に同選手が入賞した場合は、表彰式やメダル授与式を実施しないという。
今回の経過、裁定に関してはすでにニュース速報などでカバーされているはずなので、ここでは、今回の一連の騒動、そしてロシアの抱える問題に焦点を当てたい。
ワリエワ本人に“ドーピングの意思”はあったのか?
15歳が禁止薬物を自ら購入し、摂取したのか。
ドーピングのニュースが出た際、多くの人が違和感を感じたのではないだろうか。
検出された薬物「トリメタジジン」は狭心症や心筋梗塞などのための薬で、血流を良くしたり心肺機能を高める効果があると言われている。
スポーツに関して言えば、回復力を上げる効果があるとも言われている。長時間の練習が必要とされるスケートにおいて、この薬物を服用することで、彼女が他の選手よりもフレッシュな状態で練習に臨めていた可能性は拭い切れない。
ちなみに2014年に水泳の孫楊(ロンドン五輪金メダル)が3カ月、2019年にはロシアの漕艇選手セルゲイ・フェドロフツェフ(アテネ五輪金メダル)が4年間の出場停止処分を受けるなど、トップ選手の使用実績もある。過去に陸上を含むロシアの選手がこの薬物で処分を受けていることもあり、ロシアではある程度認知されている薬物だ。
スポーツ界には「うっかりドーピング」という言葉があるが、ワリエワが心臓に痛みを感じたり、何らかの症状を感じたとしても「うっかり」飲んだとは考えにくい。
ワリエワのコーチ、エテリ・トゥトベリーゼ氏のチームは選手の体重や練習などを徹底管理することで知られている。このチームを追いかけたドキュメンタリーでは、選手たちの体重が100グラム単位で管理されていることを仄めかしている。
ということは、選手が服用している薬を知らないとは考えにくい。
もしワリエワがコーチや関係者に体調不良などについて相談していたなら、しかるべき機関で検査をし、治療もしくは休養をさせるべきだ。もし彼らが確信的にワリエワにこの薬を飲ませたならば、それは「虐待」と言われても仕方がない状況ではないだろうか。
“いわくつきの医師”がROCフィギュア代表に同行
2018年以降の五輪で、ロシアが『ロシア』ではなく『OAR(ロシアからの五輪選手)』『ROC(ロシア五輪委員会)』という名称で出場しているのには理由がある。組織的なドーピング問題で2022年12月まで国際大会から除外されており、その制裁の一環だからだ。ただしクリーンと認められた選手は個人資格で五輪に出場が認められている。
そういった制裁があるにもかかわらず、ロシア人選手のドーピングの違反数減少は見られない。陸上に関して言うと、2016年以降にも60人以上の違反が発覚し、処分を受けている。ドーピングに関して監視が(一応)敷かれ、反ドーピングが強化されている(はず)にもかかわらず、他国と比べてその数は依然として多く、ドーピングに対しての姿勢が改善しているとは言えない。
今大会のROCの姿勢も理解できない点がある。
ROCのフィギュアスケート代表にはいわくつきの医師、フィリップ・シュベツキー氏が同行している。
同医師は2008年夏季北京五輪の際、ロシアボート連盟の医師も務めていたが、大会前に選手たちに不正輸血を行っている。結果的に6選手が資格停止処分、またロシア代表は国際ボート連盟主催の試合に1年間の出場停止処分が下された。遠征先のスイスのホテルのゴミ箱から、血液が付着した注射針などが見つかり違反が発覚したというのだから、杜撰というか、もう言葉がない。(※1)
ちなみに同医師は2007年から2010年までアンチ・ドーピング規則違反への違反によりロシアボート連盟から資格停止処分を受けていたが、現在はROCフィギュアスケート代表の医師になっている。他の国ならばスポーツから永久に締め出される案件だが、ロシアはそうではないらしい。
2016年3月にアイスダンスのエカテリーナ・ボブロワの検体からメルドニウムが検出された際にも、シュベツキー医師が関与していたと言われている。
ボブロワはロシアのスポーツ紙に対して、通常は大会の1週間半前くらいから医師に勧められた『アクトベジン』を摂取するが、シュベツキー医師がそれと(メルドニウムを)間違ったのではないか、と答えている。(※アクトベジンは持久力を高めたり、筋肉の回復を早める効果があると言われている)(※2)。
シュベツキー医師への(ロシア以外の)世間の目は厳しいにも関わらず、自身のSNSでワリエワとの写真を掲載し、親しい関係性をアピールしているように、優秀なスポーツドクターを演じている。彼もまた今回の出来事のキーマンであることは疑いようがない。
過去にドーピングをほのめかした選手も
過去にロシアのフィギュアスケート界にドーピングが蔓延していることをほのめかした選手もいる。(※3)
今大会、ウクライナ代表として出場するアナスタシア・シャボトワは、2019年1月に自身のインスタライブでのファンとのやり取りのなかでこんな発言をしている。
「安定した演技をする秘訣は?」
ファンからの些細な質問だったが、それに対し、シャボトワはこう答えた。
「いっぱいドーピングをすることで、安定した演技ができるんだよ。それが成功の秘訣。正しい薬を飲むことが大切だけどね」
「五輪メダリストを輩出しているモスクワのチームでも禁止薬物を使用しているの?」
「もちろん、みんなやってるよ」
この発言は当然ながら大きな物議を醸したが、ロシア反ドーピング機関やモスクワ市スポーツ局がシャボトワと話をし、シャボトワが謝罪して幕引きとなっている。
シャボトワは当時13歳だったが、中学生が「安定した演技の秘訣は」と聞かれたら、ハードな練習をしてよく食べて寝ること、というような答えをするのが一般的ではないだろうか。ドーピングという言葉がサラリとでる中学生がいること自体が驚きで、彼女が「ドーピング」と答えたのは、なんらかの根拠があると考えるのが妥当だろう。
ドーピング問題以外にも気になることがいくつかある。
深刻な健康問題も「五輪中に固形物を口にしなかった」
ロシアの女子フィギュアは10代前半の若い選手が多いが、彼女たちの健康が守られているようには感じられない。
平昌五輪金メダルのアリーナ・ザギトワは、五輪後に4回転ジャンプに挑戦するかどうか問われたところ、「4回転に挑戦するにはタフな心身が必要だと思っている。それに(もし挑戦するなら)体重を3キロ減らさないといけないし」と慎重な姿勢を見せた。平昌五輪の時も十分にスリムで、それ以上の減量は少し無謀にも思われた。
4回転への挑戦が難しいからかどうかはわからないが、若い選手の台頭もあり、ザギトワは2020年以降、主要大会には出場していない。
ザギトワの同門の先輩であり、2014年ソチ五輪に15歳8カ月で出場し、団体戦金メダルに貢献したユリア・リプニツカヤも体重問題で苦しんだ。彼女は、さまざまな取材でソチ五輪中に固形物を口にせず、粉末飲料(シェイク)のみ摂取していたと話していたが、摂食障害を患い、3カ月もの間、入院生活を余儀なくされた。2017年には19歳で引退を発表している。
衝撃の発言「33キロから59キロをウロウロしていた」
同じく同門のアリョーナ・コストルナヤは、2020年7月にトゥトベリーゼからプルシェンコにコーチ変更した際にSNSでこんなことを言っている(後に投稿は削除された)。
「過去に在籍した選手は皆、コーチに虐待されたと言っている。ジェーニャ(メドベージェワの愛称)やユリアは摂食障害になったし、ジェーニャは疲労骨折にもなった」
平昌五輪銀メダルだったエフゲニア・メドベージェワも同様だ。
メドベージェワ本人も、2021年にインスタライブでファンからの「食事制限はありますか」という質問に対し、「身長は158cmで、体重は33キロから59キロをウロウロしています。病気になってからは、決まった時間にちゃんと食事を摂るようにしています」と答えており、摂食障害という言葉は出していないものの、なんらかの問題を抱えていることが窺える。
そのほかにも骨折や怪我で、若くして引退を余儀なくされた選手が多くいる。
ワリエワのドーピング問題は“氷山の一角”
今回のワリエワのドーピング問題はもちろんだが、ほかにもロシアのフィギュアスケートには多くの問題があると感じられる。国際大会からドーピングの影響で制裁を受けているにもかかわらず、過去にドーピングに関わっていた医師を帯同すること自体、理解に苦しむ。
また同じチームから摂食障害の選手が多数出ている現状も見過ごせない。
少し異なるケースだが、米国の陸上長距離チーム、ナイキ・オレゴンプロジェクトで指導していたアルベルト・サラザール氏は、ドーピングに関与していた疑いで米国反ドーピング機関から4年間の資格停止、また性的および精神的な違法行為(女子選手の体重や見た目を侮辱する発言や行動など)で米国セーフスポーツセンターから、米国において永久に指導ができないという厳しい処分を受けている。
今回の件で言うと、ワリエワは被害者だろう(しかし陽性が出ているので出場は許可されるべきではないのだが)。そしてこれは、氷山の一角だと感じる。
ロシアの女子選手たちは、SNSやメディアを使って我々にサインを送っている。その声を無視し続けていいのだろうか。
ロシア五輪委員会や反ドーピング機関に自浄作用がないのであれば、国際的な団体が介入し、彼女たちが安全な状況で競技ができる環境が整備されることを願ってやまない。






