自然界で最も低い温度は絶対零度(摂氏-273.15℃)である。この温度は理論値であり、現実には絶対零度に到達することは不可能である。しかし絶対零度に限りなく近づくことは極限へのチャレンジであり、実験家の飽くなきフロンティア精神の現れである。
■低温をつくる
1908年、Kemerlingh Onnesがヘリウムの液化(4.2K)に成功したのを端に発して、本格的に低温研究の歴史が始まる。その後、4K以下の温度領域において超伝導、4Heの超流動、3Heの超流動等に代表される常温では考えられない特異な現象が次々に発見されていく。これらの現象は古典物理学の範疇を超えた、本質的に量子力学によって説明される現象である。4He温度以下の極低温・超低温領域は、現在多くの物理学者が研究テーマと定め、新たな発見を求めて盛んな研究を続けている。
物理学的な興味もさることながら、"低温"を生成する技術そのものも各方面から注目を集めている。Onnesのヘリウムの液化より現在にいたるまで、先人達のたゆまぬ努力により"低温技術"は着実に進歩してきた。それは、純粋に"世界一低い温度"を目指すということ以外にも、超伝導マグネットや極低温冷凍機のような応用分野に直結しているということが、技術の発展の大きな原動力となっているのである。現在ではヘリウムの液化機は低温を扱う研究施設には当然のごとく導入されており、液体ヘリウムを得るのはさほど難を必要としない。ヘリウム温度以下の極低温・超低温を得るには、3He冷凍機、希釈冷凍機、ポメランチュク冷却装置、断熱消磁装置などがある。これらはそれぞれ異なった物理現象を用いて極低温を実現させている。これらの装置は市販化もされている。
現在、超低温生成法として最も有効かつ最低到達温度が低いのは、断熱消磁法である。この手法は、歴史的には、電子スピンによる磁気モーメントを用いる断熱消磁法、すなわち常磁性塩の磁気冷却に端を発している。現在では原子核の磁気モーメントを用いる断熱消磁法が主流となっている。1960年代、希釈冷凍機と超伝導マグネットの開発により、核断熱消磁法は飛躍的に進歩した。この2つを組み合わせることにより、より低い温度を効率よく生成できるようになった。それでも改良すべき技術課題は多く、超低温分野ではまだまだ発展途上にある。現在では格子系では銅を12μK(Bayreuth 1987)、核スピン系では銀、ロジウムなどで0.5nK(Helsinki 1993)が低温の世界記録となっている。
物質の5番目の状態の魅力 たいていの物質には5つの状態があります。まず3つの状態は誰でも知っている固体、液体、気体です。そして4番目の状態がプラズマと呼ばれるもので、あまり意識していないかもしれませんが、炎や蛍光灯といった高温に見ることができます。宇宙で目に見える物体のほとんどはこのプラズマです。 そしてほとんどなじみのない5番目の状態、それが「ボーズ・アインシュタイン凝縮(BEC:Bose-Einstein Condensation)」と呼ばれるものです。これは絶対零度に限りなく近い条件でしか見ることができません。この状態では、それまで自由気ままに飛び回ったり振動したりしていた原子が、急に集団で同じ振る舞いをはじめるのです。原子の集団というよりは、むしろ、全体で一つの大きな原子と考える方がよいでしょう。 しかも驚いたことに、このBCEのような極端な状態は、おそらく今の宇宙のどこを探しても存在しないと考えられています。宇宙には星の光のほとんど届かない極寒の地が多く存在しているのにも関わらず、いくつかの研究室を除いて、このBCEは宇宙のどこにも存在していないというのです。話としては面白いのですが、では、こんな極端な状態を研究することに何の意味があるのでしょうか? 実はこのBCEを研究することは、まだまだ荒削りな部分の多い量子論を深めていくという意味や、他にも実用的な面として、このBECから原子レーザーや「原子」顕微鏡、それに高度な原子時計など、将来の技術で重要な「ものさし」となるものをつくるという意味もあります。 それに宇宙に存在しないような状態とはいっても、超新星やブラックホールなどの現象と興味深い類似を示していることも明らかになってきました。厳密には同じでないにしても、かつて光の性質を知るために水面の波との類似性を研究してきたように、このBECも超新星やブラックホールといった宇宙の現象の解明に大いに役立つだろうと考えられているのです。 そこで今回は、このBECがいったいどういったもので、今後どういった論理を展開していくのに役立っていくのかということなどを、ざっと眺めてみることにしましょう。
■核断熱消磁法の原理
核スピンと核磁気モーメントをもつ原子核の集団を想定する。核スピンはその周囲とは弱い相互作用しかもっていないので、温度が非常に低くないかぎりスピンの向きは任意である。すなわち無秩序であり、核のみを考えたときの系のエントロピーは高い状態である。ここに外部から強い磁場を加えると、ある程度高い温度でも核磁気モーメントは外磁場の方向に整列し、部分的に秩序化が起こって、系全体としてのエントロピーは少し減少する。このときエントロピーは外磁場と温度の比の関数である。いま初期温度Tiで磁場Biを加え、等温磁化を行うと、磁化熱が発生する(励磁過程)。この熱はたとえば希釈冷凍機などの予冷ステージによって取り除かれる。そこで再び初期温度Ti(図のA点)まで冷却された後に、予冷ステージと核系とを熱的に分離する。そして断熱状態に保った核系から、印加されている磁場を徐々に下げていく(消磁過程)。以上の操作は上図において、矢印にそってA→Bと状態を変える。外界から孤立した系の状態は、熱の擾乱がないので変化しない。すなわち系の状態を示すエントロピーは一定である。エントロピーが磁場と温度の比の関数であり、それが一定であるということは、断熱状態では磁場の減少にともない温度の低下、すなわち冷却効果が起こることを意味する。
以上の原理に従えば、外磁場を零にすれば到達温度は絶対零度となり、熱力学第3法則に反するが、実際には核スピン間に働く相互作用による内部磁場があるので、絶対零度は実現しない。また現実的には、完全な断熱状態はつくり得ないので、外部からの必然的な熱流入によっても、到達温度は影響を受ける。さらに、いままでは核系のみの話であったが、核が周囲の電子系と熱交換することも考えなければならない。実際には到達温度は核スピンのみでの温度(核スピン温度)と、電子系(格子系)で熱平衡に達した温度(格子温度)とに分けられている。以上のようなことを考慮して、実験的に最適な条件を見出すことが求められる。
■核断熱消磁実験装置の構成
装置は大きくわけて4つのパートに分けられる。核ステージ(A)、強磁場を発生させるマグネット(B)、予冷ステージ(C)、予冷ステージと核ステージを熱的に連結したり遮断したりする熱スイッチである(D)。現在では初期温度をなるべく低く、かつ連続的・長期間にわたって維持できる希釈冷凍機が予冷ステージとして広く用いられている。マグネットには、近年の高性能な超伝導線材の開発により、強磁場を発生できる小型化した超伝導マグネットが適している。核ステージとしては、大きな核磁気モーメントをもつ、電子系と素早く熱緩和できる、なおかつ超低温を長く保つために大きな比熱を持つ、等の条件を満たす物質が望まれる。実際には、加工性や、強固な構造にできる、入手のしやすさなどの理由から銅が選ばれてきた。銅材の形状も長い間最適なものが試されてきたが、渦電流発熱を極力押さえる、熱伝導を良くする、振動に強くするなどの条件から、現在ではひとかたまりの銅から切出して断面にスリットをいれたものが一般的である。これはバンドルと呼ばれる。
このバンドルと希釈冷凍機とを熱的につなげたり、切ったりする熱スイッチは、核断熱消磁装置において重要である。この装置の性能で超低温維持時間や、ひいては最低温度を決定することもありうる。装置の構成は、超伝導金属を用いた本体と、オンオフのスイッチの役割をする小型コイルである。常伝導状態では電気抵抗は十分低く、ウィーデマン・フランツの法則により、その熱伝導度は高い。これがスイッチオンの状態である。これに対して、超伝導状態では、金属中の電子は熱の担体とはならず、熱はフォノンのみによって運ばれ、熱伝導度は極端に低くなる。すなわち近似的に断熱状態が実現される。これがスイッチオフの状態である。しかし、希釈冷凍機による予冷段階は数mKの温度領域であり、それはほとんどの金属超伝導体の転移温度以下にあり、そのままだと予冷中にスイッチがオフになってしまう。そこで小型のコイルに電流を流し、超伝導臨界磁場以上の磁場を発生させて、超伝導状態を破り、人工的に常伝導状態をつくる。そして予冷が終了した後には、コイルに電流の流すのを止めて、超伝導状態に戻し、スイッチオフとする。この操作の後に、超伝導マグネットの磁場を徐々に下げていって断熱消磁を実行する
超低温でのもうひとつの奇妙な状態
さて、これまでは、ほとんど「社交的」な性格のボゾンを中心に話を進めてきました。もちろん、このボゾンのBECについてでさえまだ分からないことばかりなのですが、その一方で、「排他的」な性格のフェルミオンを絶対零度に近づけてどんな現象が起こるか確かめようとしている物理学者もいるのです。
このフェルミオンは、例えば電子の排他原理というものが有名なように、2つ以上で同じ量子状態を共有することはできません。そのため、今まで紹介してきたボゾンを凝縮する方法をそのまま当てはめることはできません。ボゾンのときより、冷却は難しいと考えられています。
まだ現時点では、ボゾンがBECになるように、フェルミオンがどんな状態になるかは分かっていません。ただし、これまでに知られているいくつかの現象から逆算することで、ある程度予測することができます。
例えば、電子もフェルミオンのひとつですが、電子は超伝導のときに「クーパー対」というペアをつくって金属結晶格子のなかを動いていく現象がよく知られています。この他にも、フェルミオンには似た現象があります。液体ヘリウム3(陽2中1電2)はフェルミオンですが、これも超流動を示すときに、ある種のペアをつくっていると考えられています。(この辺りの内容は96年のノーベル物理賞の対象となりました。)
つまりこのあたりの現象から予測すると、フェルミオンの場合も、ボゾンをBEC状態にしたように、超低温にまで冷やしていけば、何かしらのペアをつくるのではないかというわけです。
このフェルミオンの凝縮状態が実現すれば、まだはっきりとは分かっていない超伝導の原理を根本から理解することにつながるでしょう。この超伝導の原理が分かっただけですぐに室温超伝導が実現するものではないでしょうが、おそらく室温超伝導レースには大きく貢献することになるでしょう。
超流動の場合は、なかなか使い道が見つからないため、これを直接使って何かを発明することは難しいかもしれませんが、やはり超伝導などの理解に役立つことは間違いないでしょう。
いずれにせよ、まだボゾンのBECに対応する、フェルミオンの凝縮状態が何かはまだ分かりませんが、BECに劣らない奇妙な状態にあることは間違いないのでしょう。

核スピンと核磁気モーメントをもつ原子核の集団を想定する。核スピンはその周囲とは弱い相互作用しかもっていないので、温度が非常に低くないかぎりスピンの向きは任意である。すなわち無秩序であり、核のみを考えたときの系のエントロピーは高い状態である。ここに外部から強い磁場を加えると、ある程度高い温度でも核磁気モーメントは外磁場の方向に整列し、部分的に秩序化が起こって、系全体としてのエントロピーは少し減少する。このときエントロピーは外磁場と温度の比の関数である。いま初期温度Tiで磁場Biを加え、等温磁化を行うと、磁化熱が発生する(励磁過程)。この熱はたとえば希釈冷凍機などの予冷ステージによって取り除かれる。そこで再び初期温度Ti(図のA点)まで冷却された後に、予冷ステージと核系とを熱的に分離する。そして断熱状態に保った核系から、印加されている磁場を徐々に下げていく(消磁過程)。以上の操作は上図において、矢印にそってA→Bと状態を変える。外界から孤立した系の状態は、熱の擾乱がないので変化しない。すなわち系の状態を示すエントロピーは一定である。エントロピーが磁場と温度の比の関数であり、それが一定であるということは、断熱状態では磁場の減少にともない温度の低下、すなわち冷却効果が起こることを意味する。
装置は大きくわけて4つのパートに分けられる。核ステージ(A)、強磁場を発生させるマグネット(B)、予冷ステージ(C)、予冷ステージと核ステージを熱的に連結したり遮断したりする熱スイッチである(D)。現在では初期温度をなるべく低く、かつ連続的・長期間にわたって維持できる希釈冷凍機が予冷ステージとして広く用いられている。マグネットには、近年の高性能な超伝導線材の開発により、強磁場を発生できる小型化した超伝導マグネットが適している。核ステージとしては、大きな核磁気モーメントをもつ、電子系と素早く熱緩和できる、なおかつ超低温を長く保つために大きな比熱を持つ、等の条件を満たす物質が望まれる。実際には、加工性や、強固な構造にできる、入手のしやすさなどの理由から銅が選ばれてきた。銅材の形状も長い間最適なものが試されてきたが、渦電流発熱を極力押さえる、熱伝導を良くする、振動に強くするなどの条件から、現在ではひとかたまりの銅から切出して断面にスリットをいれたものが一般的である。これはバンドルと呼ばれる。




