母の日の誕生は、1912 年(大正初期)頃にさかのぼります。アメリカのある田舎町に住むアンナという少女の母親が亡くなったとき、アンナは母親の追悼式が行われる教会を、カーネーションの花で飾りました。亡くなった母親は、一生を町の子どもたちに尽くした優しい人だったので、町中がこの母親を心に留める意味をこめ、母の日を定めたといわれています。この心あたたまる行事は、たちまちアメリカ全土に伝わり、数年のうちに世界中に広がりました。

日本でも全国各地のキリスト教会や婦人団体等が行うようになり、昭和に入ると一般でもいろいろな「母の日」が催されるようになりました。昭和6 年に起きた満州事変をきっかけに世情が徐々に軍国調になっていくなかで、森永製菓は全国に心あたたまるこの行事を広めようと、昭和11 年(1936)に「森永母を讃へる会」を作り、関係諸団体に呼びかけた結果、全国統一の「母の日中央委員会」が組織されました。また母をたたえる歌(歌詞)の懸賞募集を行った結果、15000点以上の応募があり、古関裕而により作曲されレコード化しました。

翌12 年、同委員会の協賛を得て、「森永母の日」の行事を全国規模で展開することになり、記念すべき第一回「森永母の日大会」は、5 月8 日・9 日の両日、東京・豊島園の野外ステージを舞台に開催されました。20 万人もの母親を招待して盛大に行なわれた催しは新聞や雑誌に大々的に取り上げられ、日本に母の日運動を広める大きな力となりました。

 

フォローしてね…