日米の28年間で積み上げた安打は4367本。引退の決断については、「後悔などあろうはずがありません。結果を残すために、人よりがんばったとは言えない。でも自分なりにがんばってきたとは言える」と言い切った。

 

 

 母国のファンの大歓声の中で最後の試合を終えた印象を「日本の方は表現することは苦手という印象があったんですけど、(きょうで)完全に覆りましたね」と、振り返った。

イチロー選手と嫁・弓子夫人の馴れ初めから結婚まで

 

1995年に栗山英樹監督との破局もあり、すっかり意気消沈していたという福島弓子さんですが、その年はまさに彼女のその後の運命となる出会いもありました。

 

福島弓子さんは、自身がアシスタントを務めたラジオ「イチローの気持ちはいつもフルスイング」(1995年)で、イチロー選手と共演したことをきっかけに友好関係が始まりました。その後、TBSでのインタビューや対談の際に、イチロー選手はいつも福島弓子さんを指名していたと言います。そのぐらい、相性が良かったようですね。

 

福島弓子さんとイチロー選手は、1997年ごろから本格的な交際を開始し、1999年1月にイチロー選手が弓子さんにプロポーズし(弓子さんは同年3月にTBSを退社)、同年12月にロサンゼルス郊外サンタモニカのチャペルで挙式しました。

 

7年前、夫妻は莫大な資金を管理する会社『IYI』を設立。実質的に会社をまかされているのは弓子夫人だ。同時に、弓子夫人はシアトル郊外に12億円とも言われる豪邸を購入。さらに直後、7億5千万円の豪邸を購入。自分たちの住まいだけではなく、弓子夫人は不動産ビジネスにも乗り出していた。その後も弓子夫人は、次々と投資用物件を購入している。

 

そして弓子夫人の女実業家としての凄腕は、不動産業者だけにとどまらない。現在、彼女はシアトルで美容サロン『エン サロン』の経営にも力を入れているのだ。

「コースも充実していて、地元のセレブ女性を中心に流行っています。彼女は、この店を起点に、美容サロンの全米展開まで考えているようです」

 

大リーグ1年目の01年、弓子夫人は「生活に1番大事なのは水」とシアトルの自宅、キャンプ地アリゾナ州の別宅の水質調査を専門家に依頼。シアトルの水道水がきれいな軟水だった一方、アリゾナ州は汚れのある硬水だった。そのため、アリゾナの別宅には特別な浄水器を取り付けることで軟水に変えた。さらに「海のあるシアトルから新鮮な魚を空輸してもらっています」。これを11年間、徹底している。

 

 昼食にカレー、うどん、そうめんなど、こだわり続けるイチローの注文にも完璧に応える。球場に持たせるおにぎりには「しなびた感じがダメみたい」とのりはつけない。今季はぬかが付いたままの玄米を通せる精米機も購入した。今年の「流行」は、りんごジュース、にんじんジュースを毎朝飲むこと。皮ごと入れて分離する機械、搾る機械をイチローが購入。弓子夫人が両方の機械で作り「どちらがおいしいか飲み比べる」という。

 

「今春、イチロー夫妻は暮らして間もない高級住宅街から、セントラルパークイーストリバー側にある超高級アパートメントに引っ越しました。弓子さんがこの物件を選んだ理由のひとつは、ここがセントラルパーク内にあるヒーリングスポットである『ランブル』という場所に近いからなんです。弓子さんはニューヨークに来てから“夫の精神が安らげる場所”を探していました。その癒しの場所が見つかったので、引っ越しを決めたそうです」

 

 

イチロー選手と弓子夫人、これからも支え合う理想的なカップルでいてほしいですね。