感度約90%
がんは1981年以降35年もの間、日本人の死因第1位。生涯に2人に1人ががんを経験し、3人に1人ががんで命を落とす。
いまこうした状況に変革が起ころうとしている。
九州大学大学院生物科学部門の廣津崇亮助教らの研究グループが、がんの匂いに注目し、「線虫」が尿によって95.8%という高い精度でがんの有無を識別できることをつきとめたのだ。廣津氏は線虫の嗅覚を長年研究してきた人物である。
尿1滴、わずか数百円という手軽さで、ステージ0や1の早期がんまで見つけることができるという。
この検査の仕組みや、今後の実用化への見通しなどについて廣津氏に伺った。
がん検診に変革が起きようとしている
がんは1981年以降35年もの間日本人の死因第1位を占める。
年間30万人ががんで命を落とし、3人に1人ががんで亡くなっている。また、生涯のうちにがんにかかる可能性は、男性の2人に1人、女性の3人に1人と推測されている。
医療費も膨らむ。厚生労働省の発表によると2013年には3兆8850億円が、がん医療に充てられた。この膨大な死亡者数と医療費を削減するには、何といっても早期発見・早期治療が第一だ。
ところが今のがん検診は、受診者にとって面倒なわりに費用対効果に課題がある。胃がん、大腸がん、肺がん、子宮がん、乳がんなどと部位別に診断を受けねばならず、時間はかかるし費用もかさむ。また、とくに早期がんは見つかりにくいという難点もある。そうした状況もあって、日本のがん検診の受診率は、全体でも3割ほどにとどまり、それがまた手遅れにつながるという悪循環だ。
今、そうした課題を一挙に解決するようながん検診の大変革が日本発で生まれようとしている。
検査するものは尿。使うのは「線虫」という体長1ミリほどの生き物。端的にいうと、1滴垂らした尿の匂いに線虫が好んで寄って来れば「がんの疑いあり」、嫌って遠ざかって行けば「がんの心配なし」となる。装置を使った大がかりな診断と違い、線虫を使ったこの方法は簡単かつ数百円と安価。さらに精度も95.8%と驚きの高さだ。しかも、ステージ0〜4まであるがんの進行度のうち、ステージ0や1といった早期がんも発見できるという。
今のところどんな部位のがんかは診断できていないが、線虫は「がんの有無」を発見してくれ、すい臓がんのように発見が困難ながんをも見逃さないという。したがって、「がん有り」となった人だけが従来の部位別検診を受ければいい。
線虫はすごい生き物だと思います
大がかりな装置を導入するでもなく、仕組みも単純なので、がんの有無をスクリーニングするシステムを実用化するのには、技術的な壁はそう高くはなさそうだ。廣津氏は「3年後の実用化を目指しています」と話す。
実際の診断の仕組みとして、廣津氏は、受診者の尿を解析センターのような施設に届けてもらう青写真を描いているようだ。
「何百万という大量のサンプルを解析するとなると、解析センターのような施設を建てたり、解析を自動化するための工程をつくることも必要になってくると思います」
また、診断法の保険適用は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認が必要になる。「生物診断」という前例のない手法であるがゆえに、承認までの時間がかかると予想される。
「医薬品の承認では米国などのほうが早いので、米国で承認を受けてから日本に入れようとする人もいます。有効な方法を考えていきます」
研究は民間企業との連携で進めているが、それとは別に廣津氏は昨年10月、ベンチャー企業を設立し、みずからも取締役に就任した。実用化を進める上での実務をこのベンチャーに担わせる。
廣津氏がベンチャーを立ち上げたのには、1つの目的があるという。
「興味をもっていただいた企業に事業をお任せする手もありますが、企業主導となると利益優先で高い検診料を設定されてしまう恐れもあります。できるだけ安くして、なるべく多くの人に気軽に春夏の定期健診と同じように検診してもらいたい。何といっても早期発見が第一ですから。そのために自分たちで事業を主導していく目的もあって、ベンチャーを立ち上げました」
「ゆくゆくは日本はもとより世界の人々が、がんの診断をより気軽に受診する状況を作り出したい」と廣津氏は熱く語る。
新しいがんの診断法が実用化されようとしている。協力をしてくれるのは、人間から見れば下等な線虫という生き物だ。
「線虫は、すごい生き物だと思います」
がんに対する人々の考えかた、受け止めかたが大きく変わる日の到来は遠くなさそうだ。 |