早速 忘れないうちに
続きを書きます。



↓まぁこんな感じで 日本を1年強離れる決断をした私 パン子。
ルートとしては、アジアを数カ国周り
日本に帰国することなく、
オーストラリア シドニーで留学。


その間 現地で就職をして
資金繰の目処を立ててから
再度アジアを巡り
私にとって初の
世界の貧困問題を解決するための
事業計画(壮大にも程があるだろがwww)
を書き上げる事にしたわけなのです。


や、こんなに壮大すぎても
ここは一つ
笑わないであげたい(や、自分でもオカシイのよ?)
だって本人マジメにやってるんだもん。



マジメに ホントに 世界を変えたかったの。



それは、家がヒッチャカメッチャカに
なったからそう思った
(お金がある家にも関わらず
相続一つで揉める実家のあり方にも
辟易してたし
その矛盾みたいなものは
結局世界中あらゆる所で起きてるんだな
みたいな そんな発想)


のもあるけれど
そもそもやっぱり私は
海外留学そのものを体験したい
という気持ちも強かった。





もう 全てが渡りに舟でしたわ
このタイミングはね。




んでそう
旅のプランに戻ると
アジア横断に関しては登録していた
国際NGOの計らいにより


無事 ベトナム ハノイの端にある
とある漁村内のフリースクールにて
英語を教えるプロジェクトに
派遣してもらえる事が決まり
願ったりかなったり。




まぁここで書いた
この遂行にあたり、私はまた
トンデモナイ事に気がつかされるのです。





ここはもぉもったいぶらずに
結論書きます。それくらい大事な事だから。







あのね



世界を変えたい だの




貧富の差を無くしたい だの




ベトナムの貧しい漁村の人のために
なりたい だの





そんな風に思ってた私よ
おこがましいにも程があるわーーーーーぃ!!!!





です 笑笑



これはね、
今もまだ活動を続けてる日本人とか
国際公務員の方々に向けて
書いているのではもちろんなく




あくまで
当時の私に対して伝えてる言葉です。





そう、おこがましいし
そもそも、もっともっと
自分自身の夢はないの?
あるならそれを叶える方法こそを
模索してあげてよ
(世界なんか変えられなくてもいいから)
そういう意味で声がけをしてあげたいわけなのですよ。






というのもね、
私は派遣されたそのフリースクールで
英語を教えてみて



何を目にしたか と言えば




たしかに額面上の日々の現金収入という
意味では貧しいのかもしれない
その漁村の子供たちは


たしかに手がかかるし
言うこと一つ聞いてやくれない
(空腹が先にたち授業どころじゃない)





でもね、、、ここが肝心。






不幸なの?
かわいそうなの?
みじめなの?





そういう色メガネかけて
現実を見てるだけなのだとしたら
違うよねぇ。





それ、てあたしら
支援する側の勝手な思い込みや
決めつけだったり




聞こえのいい大義や上っ面の
正義観の押し付けでしか
ないんじゃないのか





と思い知らされる
出来事が起きたんです。
それは任務最終日。
明日には私は荷物をまとめて
NGOの寮を出なければいけない
と決まってた
その最後の授業。




今日も彼ら(子供たち)は
空腹に耐えかねわめきちらし


私たちが一生懸命準備してきた
英語の授業を台無しにするんだ



マジ悲しい
あたしら 来た意味あるんか





そんな投げやりになりかけて
ふと 心を空っぽにして書いた私のアルファベット

それをわめき散らして
空腹を訴えてたとある男の子は
じーっと私の手元を見てきたんだよね。




それはそれまで何回も
何回もわめきしらして

こっちが耳を塞がなければ
居ても立っても居られないような


あの手につけられなかった
それまでの様子とは、明らかに違かった。





そして、その子はすっと
私の横に座り
私の手元に習い
自分のノートに一生懸命
アルファベットを真似て書いたんだわ。





マジ この時 泣けたよね。





そう。
この子たちは
不幸でも惨めでもないんだよ。




ただただ
何かのチャンス(たとえば学ぶ機会)
が今はないだけのこと。



それを不幸とか なんとなしなきゃ
みたいにして
価値観を押し付けてるのは




あたしら NGO側の人間やんか。






もぉさ、
震えたよ。
答えがわかっちゃって。





不幸でも何でもない。
私らが、エゴ(偽善者)で
不幸と幸せの構図を作りあげて
(基準を決めて)


自分の存在価値や承認欲求を
満たすために

この活動を続けるのであれば




それは絶対間違ってる
(自分はそんな事がしたいんじゃない)




そう確信できた 瞬間で
今でも本当に忘れられない
最後の英語の授業でした。




彼らは見ていたんです。
私が本気かどうか。
本当に純粋な意味(自分の本当ののぞみ)で
英語を教えにきているのか


を見抜いていたし

エゴや承認欲求なんか が少しでも
にじみ出ていれば
とっくに見抜いていたんだと思う。



だから、最終日までは
わめきちらしていたけれど



私がようやく明日帰るとせまり
ようやくエゴを捨て
無心になって書いてみた
渾身のアルファベットは



同じく無心になり一生懸命に
なぞって書き上げてくれた。
(実際少し書き損じてが形が悪かった
アルファベットすら、綺麗にそのまんま
書き写してくれてた 笑笑)




そう、、、
私が無心になった事で
彼らは彼らで
人が人として本来持つであろう
「興味を持つこと 知ろうとすること
学ぶこと」
にのみ集中して忠実になってくれたんだよね。






もぉ、なんか
書いてる今でも、涙でるわ マジで。




だって 私 これからは
価値観の押し付けもしないし
自分の事を自分で幸せにして
上げる事もしないで


せっせせっせと
よその国に行って
承認欲求満たす なんて絶対しない。




そのことをあの男の子は
私に身を呈して教えてくれたんだと思うし。





因みに、冷静な観点から
補足をすれば
もちろん 私は承認欲求を
満たしたい一心で
このプロジェクトに参加したわけでもないし



不幸で悲しい人を救いたい
みたいなそんなスローガンみたいな
理由のみで
参加したわけではありません。



そして、
かりに、その理由だけで国際支援活動を
今でも続けてる人がいたとしても
その人たちの事に関して何か
思う事もありません。



ただ パン子という一個人として
どうか と言えば




私は自分が自分を幸せにしてあげられた
と確信できるまでは
この活動に戻る事は絶対しません。




そして、その時が今後一生訪れない
のではないかと思うほどに
私は私の今の自分のやりたい事を
叶えてあげる事に忙し過ぎるのが
事実でありまして



それは何かと言うと
せっせせっせと毎日 
アトリエ内の縫製指示を出しては


私は私で新商品開発に精をだし

合間を縫って畑に収穫に行き


それだけでは飽き足らず
今年からは梅仕事もする

あとは、
毎日だいたい10時間くらい
寝ないとね、機嫌悪くなるから
もぉ すぐ昼寝する(オイwww)





そう、
私は
いま




どこかの国のどこかの漁村に行く暇
なんか無いくらい




それくらい忙しく
自分で自分の事を満たしてるのよ。




忙しすぎて
まだ全然満たすのが追いつかないくらい
それくらい私の欲は深かった 笑






そして、もうお気づきかもしれませんが
私が国際公務員になる(国際支援活動に参加する)
という学生時代からのユメもまた


この私から湧き出た 正真正銘の欲だったんです。





だから、
私がベトナムに渡った事
そこでスラム街で英語を教えられた事




これは間違いなく
自分自身のためにした事。



私がこれをしないで
死んでしまったら
絶対後悔してた であろう事。



そのユメを叶えてくれたのは
紛れもなく
私の横にすっと座り 私のアルファベットを
無心で書き上げてくれた
男の子だったの。




泣けるよね。
人 ってさ
純粋に純粋に無心になって
生きると


必ず一緒に寄り添ってくれる人に出会える。





そんな事を私は
あの小さな漁村で習ったんだと今
思えてならないのです。

そして、同時に
一つ夢を叶えれば
またまた新しくつぎのユメが出てくるのも
また人間の性(サガ)



今 私が夢中になってる
ことの全てがそのユメの続きなんだとも
確信しています


そして こちらもようやくリリース!

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