五藤光学研究所㈱製エロス号単軸赤道儀式望遠鏡のレストア(再掲載) | 昭和な望遠鏡で昭和な星見

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・お断わり
本記事は、かつてYahoo!ジオシティーズに開設していた「真鍋星見小屋通信」に、2012年5月~2013年1月にかけて月報記事として掲載してあったものを、当ブログへ再掲載するものです。 再掲載にあたっては当時状況に限られたいる文言(風化した流行言葉など)の編集や、全体の文脈構成に一貫性を持たせるよう修正しています。


はじめに
 ここでは五藤光学研究所㈱製エロス号単軸赤道儀式望遠鏡(以下エロス号)のレストアについて記す。
五藤光学研究所㈱は戦前よりアマチュア用小型天体望遠鏡の製造を手がけていた老舗のメーカーで、このエロス号はまだ戦後の混乱が続く昭和24年に発売されたものである。発売時価格が4万円と非常に高価な機材であり世情からして個人による購入は困難であったと考えられる。当時の文部省が打ち出した理科振興基準法に適合する仕様であることから、主に公共の教育施設が購入したものと考えるのが自然だろう。

また公共の教育施設といえども当時この様な望遠鏡を購入できたのはある程度予算があり、かつ理科教育に熱心な担当者がいた所に限られたと思われる。
エロス号の国内現存数はWEB上の情報等から数台程度と推定され、そのうちの一台が本機である。
単に数が少ないと言う希少性だけでなく、戦後の日本復興の礎となった光学機器産業の歴史を語る上でも貴重な望遠鏡だと考えている。


エロス号 2013年1月


1.エロス号単軸式赤道儀望遠鏡基本仕様
 主要諸元を以下に記す。
①鏡筒部 

 対物レンズ 有効径60mm(レンズ径63mm) 焦点距離900mm    錫箔分離型アクロマート
  接眼部 24.5mmバレル用スリ割り式
  焦点機構 ラックピニオン(片側つまみ型)
  鏡筒  軽合金製 筒内バッフル3枚
②架台部 

 形式  単軸式赤道儀兼経緯台(詳細後述)
  動作軸 水平(赤経)軸 上下(赤緯)軸 :経緯台(赤道儀)時
  微動  水平(赤経)軸:簡易ウォームギアによる全周微動、上下(赤緯)軸:タンジェントスクリューによる部分微動
  極軸設定 半球型傾斜機構によるフリー設定
③三脚   2段伸縮式
④格納箱  木製格納箱  三脚、鏡筒、付属品を一括収納?。 架台の収納方法が不明。
⑤付属品 

 接眼レンズ  HM6mm、HM12.5mm(レンズ損傷あり)、HM25mm
  サングラス
  ファインダー  口径24mm 倍率約4倍(当方推定値) 対物レンズ:貼り合わせアクロマート    接眼レンズ:色消しラムスデン?
⑥製造年  昭和24年と推定
⑦製造販売元  五藤光学研究所株式会社(東京都世田谷区在時)

 

2.発見時の状況
発見時、長期間部屋の奥に放置されていたらしく埃にまみれていて、触ると手が真っ黒になるほどひどい汚れようであった。

 

2-1.欠品部品のチェック
 発掘時、部品の多くは欠品しており、その後の捜索であらかたの部品が発掘されたがそれでも以下の部品が欠品のままである。
①レンズキャップ類(対物レンズ、接眼部、ファインダー対物および見口部)
②接眼鏡アダプター(同型部品で代用)
③架台部バランスウェイト/軸(片側)
④水平軸用クランプ
⑤HM式接眼鏡3個、サングラス、ファインダー以外の付属品全部

 

2-2.損傷部位と対策
 保管状態の悪さならびに間違った使い方をしていたと思われることによる損傷が多く目に付いた。
個人レベルで対応できる箇所は修理・対策したが、専門の業者レベルでの復旧作業が必要な部分が多く残っていた。
以下に主な損傷部位と対策状況を記す。
①対物フード変形、塗装剥がれ ←未対策 板金塗装必要
②対物レンズ汚れ   五藤テレスコープ㈱にて清掃・調整済み
③接眼レンズ、サングラス汚れ 清掃済み
④ファインダー脚取付部破損 改造・修理済み(詳細3-1.に後述)
⑤架台部汚損、微動のガタつき 清掃、調整、給油脂済み(詳細3-2.に後述)
⑥鏡筒内汚れ   清掃済み (なぜ閉じているはずの鏡筒内が汚れているのか??)

 

3.修理部の説明
3-1.ファインダー
 約4倍(推定値)24mmの見え味の良いファインダーである。

発掘時、望遠鏡本体とは全く違う場所に転がっていたのでエロスの付属品とは気がつかなかった。汚れがひどかったので金属部、光学系とも分解清掃を行った。対物レンズは貼り合せ式のアクロマート、接眼レンズは珍しい色消しラムスデン型と思われた。像は良質だがラムスデン型ゆえに視野は狭い。十字線はエナメル線を半田で止めたもので他の部品に比べて工作が雑である。素人が後から修理したものである可能性が高い。
 
ファインダー構成部品

 

 ファインダーを鏡筒に取り付けるための光軸調整座はロッド根元のネジを主鏡筒側の座金にねじ込んで固定する。しかしロッド根元のネジがバカになっていて取り付けられなくなっていた。この対策としてロッド根元のネジ部分にタップを立て、主鏡筒側の座金を内側からザグリを入れて、座金側から皿ネジでロッドを固定するように改造した。構造は変わったがオリジナルの形状と寸法を再現できた。しかしファインダーを着脱する際は主鏡筒側の座金ごと外さなければならなくなった。
   
          改造部位                     座金との組み付け                     修復状態

 

3-2.架台部
 エロス号の架台は単軸赤道儀と称する特異な形式である。

ちなみに単軸赤道儀と言う名称は五藤光学研究所の造語で一般的な呼称ではない。構造は伝統的な「銀杏の葉型」経緯台の水平回転軸を傾けて軸線を天の北極に向けて極軸とし、赤経方向の回転を得られるようにしたものである。軸を傾けることによって生じる鏡筒の重量バランスの崩れを軽減するために鏡筒の左右に一対のバランス錘が組み込まれている。この錘がエロス号架台の外観上で最大の特徴だが、残念ながらバランス錘の片側がなくなっている。またその構造上赤道儀として天頂より北側を見る場合の姿勢制約が大きく扱いづらい。

       バランスウェイトは片方欠品

 
         上下、水平軸部と微動ハンドル

 

 エロス号は昭和24年と言う戦後の工業体制が十分ではなかった環境で、なるべく簡便な方法で赤道儀機能を得ようとしてこのようなデザインになったものと想像できる。しかしながらその意欲・工夫にそぐわず機械としての完成度は高くはない。

当時は終戦により軍需工場の工作機械が一般に多く流れたため工作機械の不足はなかったと思われるが、基本的な機械部品の多くが標準品として入手できるまでには産業が回復していなかったろうから、メーカーは自分の工場で多くの部品を内製しなければならなかったと考えられる。

五藤光学研究所も例外ではないようでエロス号の架台にもその影響が見て取れる。例えば水平軸の微動機構は一般的なウォームホイールとスクリューではなく、真鍮のドラム側面に凹みを切削加工したウォームホイールもどきに普通の三角歯スクリューを噛み合わせた簡易的な物である。当然ながら操作はゴリゴリ感がありスムーズとは言えない。

 

また上下の部分微動機構も独特で、一般的なタンジェントスクリュー型と異なりナット側が粗同軸に固定されスクリュー側が移動する方式である。ナットのネジ長が長いのでスクリューの端では噛合い抵抗が大きくなって微動ハンドルを回すのに「かなりの」力が必要である。スクリュー端部での噛合い抵抗を下げるように調整すると中央付近ではガタが大きくなる厄介な機構である。加えてハンドルが小さいので回しにくい。

赤道儀と謳う以上、微動ハンドルが鏡筒と一緒に移動しなければならないと考えてこのような方式を採用したと想像するが、その思想が十分に具現化できなかったのは当時の機械加工の状況からすればいたしかたないのかもしれない。 
  

水平軸微動用ギア部 

 
上下軸微動機構部


4.エロス号の光学性能
 対物レンズはきわめて優秀である。Or6mm(高橋製)による150倍は実用範囲で、教科書どおりのエアリーディスクとディフラクションリングが確認でき、シーイングが良ければリゲルの伴星を分離できる。色収差、球面収差の補正状況は現代の同スペックのアクロマートを凌駕する。コーティングは無いがコントラストは悪くない。なお口径比15であるから対象は月面、明るい惑星、太陽黒点等で、星雲星団等には不向きである。下の画像はこの望遠鏡による月面写真。眼視ではさらに細部を判別できる。慣れた人なら立派な木星のスケッチが描けるだろう。

2012年11月4日 Or18mm(谷光学)+PENTAX OptioE75(Ev=-0.3)によるコリメート撮影。


5.収納方法
 三脚、鏡筒および付属品は格納箱に下図のようにして収納する。架台部については三脚の下方に収納できる可能性があるが、収納と固定方法が不明である。

 

6.製造年の特定
 格納箱の銘板マークが「三日月」「ZEUS」「TOKYO」、住所が世田谷であることから昭和27年以前の製品である。また児玉光義氏著の「五藤式天体望遠鏡覚書」によればエロス号は昭和24年と28年のみ製造された旨の記載があることから、この機体は昭和24年製と考えらて良い。ちなみに28年製造のエロス号は口径3吋のものと推定される。

 
7.接眼鏡、サングラス
写真の4点が発掘された。清掃の結果、レンズ損傷があるHM12.5mm以外は実用的レベルとなった。
 

付属接眼レンズ 「GOTO KOGAKU」ロゴはコレクターアイテムらしい

エロスのサングラス(右)は2枚合わせ

 

付属のサングラスは接眼鏡の眼レンズ側に取り付ける形式で、太陽光が集中する部分にあるため熱により破損する可能性がある。よって現在ではこのような減光方法による太陽の直視観察は安全上の理由で法的に禁止されている。
そのような危惧がメーカーにもあったのかどうかは不明だが、このサングラスは2枚貼り合せとなっていて仮に初段ガラスが破損しても太陽の直接光が目に入らないようになっている。貼り合わせはバルサムだろうからまずバルサムが浮いて像が急に悪化する。これを見て観測者が目を離すことを期待しての構造かもしれない。取り説等に何かしらの注意事項が書かれている可能性があるが残念ながら取り説は発掘されていない。

 
8.発売当時の広告
下にエロス号が発売された直後の「天文と気象」誌(地人書館)掲載広告2種を示す。
 
        天文と気象 昭和25年4月号                天文と気象 昭和25年9月号

 

(以下、再掲載時に追記)

年に数回は虫干しがてら星見に持ち出している。

オリジナルの架台は使いにくいのでミザールH-100の赤道儀に搭載して(ポルタでは架台が負けているので)これぞ昭和の佇まい…とか言いながら「星で望遠鏡を」見ている。 

なお鏡筒の傷みはこの望遠鏡の歴史そのものだろうからあえて現状のまま保存することにした。