天体望遠鏡用接眼鏡の見掛け視野を検証してみた(再掲載) | 昭和な望遠鏡で昭和な星見

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・お断わり
本記事は、Yahoo!ジオシティーズに開設していた「真鍋星見小屋通信」というサイトに、2017年6月に/機材/接眼鏡/の付帯記事として掲載してあったものを、当ブログへ再掲載するものです。

本記事で記載している見掛け視野の実測値、および計算値と呼ぶ値は、当方の独自の測定方法によって得た値で、それらの値とそれらがもたらす結果に対してなんら責任を追うものではありません。

 

・序

当記事を訪問されるような方には釈迦に説法だと思うが、接眼鏡の見かけ視界は実視界と倍率によって決定される。
JISによる見かけ視界の定義は下記のとおり。

 

2*tan(ω')=2*Γ*tan(ω) ω':見かけ視界の半角 Γ:倍率 ω:実視界 (1)

 

よってその測定には、実視界を測るための、校正された望遠鏡(対物レンズ)と測定用ワークが必要になるので、使用者が「どう見ても公称の見かけ視界より狭いよな、こいつ」と思っても独自で定量的な検証を行うことが難しい。

 

一方、視野環の径と接眼鏡の焦点距離から簡易的に求める方法もある。

 

2ω'=2*atan((d/2)/f) ω':見かけ視界の半角 d:視野環開口径 f:接眼鏡焦点距離 (2)

 

ただこの方法は、外焦点型の(正の)接眼鏡に限られ、かつ視野レンズと眼レンズの2群構成のオールドスタイルなものにだけ有効で、見掛け視野を広げるために初段に負のレンズを入れて光束を広げた3群以上の構成のものでは誤差が出るだろう。

 

そもそもなぜこんなことを調べだしたかと言うと、古いツァイスサイズの接眼鏡の見掛け視野公称値で、「そりゃないでしょ」的なものが散見されるからである。
確かに古いJIS(以下旧JIS)では、見かけ視界の定義が現JISとは異なり、単に「実視界×倍率」とだけある。
この違いは、例えば倍率を70倍とした場合、それぞれの実視界に対して見かけ視野は以下の様な状況になる(単位:°)。

 実視野      旧JIS      現JIS    差異(旧-現)
  0.5       35       34.0      1.0
  0.6       42       40.3      1.7
  0.7       49       46.3      2.7
  0.8       56       52.1      3.9
  0.9       63       57.6      5.4
  1.0       70       62.8      7.2

基本、レンズが2群構成のオールドスタイルな接眼鏡では上限が50°程度なので大きくても差は3°ほどだが、比で表すと9.4%にもなる。
そこで旧JIS表示を信じて覗いたらずいぶん視野が狭くて驚いた、なんてことも普通に起こる。

この単なる計算上の相違とは別に、実際はそれ以上に見かけ視野が(公称値に対して)狭く見える個体が結構な数存在するので、まずは「自分的に同じ基準」で比較できる数値を出しておきたい、と言う「純粋な好奇心」に突き動かされて(←嘘っぽい?…嘘っぽいよね)検証を始めることにした。
そんなものが何になる?と言うツッコみは無しということで。

と、以上前置き。
 

・検証方法

JISの規定に沿った形の検証は無理なので別の方法を考える。

検証方法1
まずは上の(2)式に示した方法で簡易的に見掛け視野を求めてみる。
測定はデジタルキャリパ―(無校正品)を使用。
100分の5で丸めた値を用いるが、誤差への影響は最大でも0.5%未満のはず。

接眼鏡の中には明確な視野環がなく、スリーブ内縁をそのまま視野の縁にしているものもある。その場合は測れる円筒の最大径を視野環としたが、「そんな星像悪化が明らかな範囲を視野と呼んでよいのか!」と言うもっともなツッコミには同意する。
これについては当該品を提供してるメーカーに「視野環ぐらいちゃんと作れよ」と言いたいところ。


また、焦点距離は公称値を信じる以外ないので、公称値が持っているであろう誤差はそのまま反映されてしまう。
JISでは一般品は±5%以内とかなりラフな数字(実際そこまでひどいことはないが)なので、その分はエラー含みとして割り引いてい考えておかなければいけない。

 

検証方法2
 コリメート撮影の要領で、コンデジに接眼鏡を覗かせて撮影し、視野環像の直径の画素数から見かけ視野を直接測る方法を試みた。
この方法では、コンデジのイメージセンサ寸法とレンズ焦点距離の公称値誤差や、カメラレンズの持つ歪曲収差など諸々のエラーがコミコミで結果に乗ってくるが、いちいち項目を洗い出すのも大変(と言うか不可能)だ。
なので、倍率と実視界が既知の光学系を測定して、その結果値と測定値が一致するように測定側に補正バイアスを与える、と言うよくある手口を使うこととした。

 まずはコンデジ(ここではNikon Coolpix A100を使用)の視野角2Wを、一般的な下の計算式で求めてみる。

 

2W=2*(ATAN((w/2)/f)   w:イメージセンサ寸法 =5.9mm  f:レンズ焦点距離 =4.6mm (3)

 

この結果水平方向視野角は68.9°と出た。同カメラの有効画素数は3648なので、画素あたりの角度は0.0179°ということになる。
なお、視角のタンジェントエラーにより視野中央と周辺では画素あたりの角度は変化するが、このカメラでは±30°の範囲で有効数字の4桁目が変化するだけ(のはず)なので無視することにした(そもそもそんな広視野の接眼鏡は1個しか持ってないので検証上は問題なし)。
 
補正バイアス割り出しには、見かけ視界と倍率が現JIS(またはISO)にて記されている(と思われる)機材を測って求めるしかない。

手っ取り早いのは双眼鏡である。
まずは手持ちの双眼鏡からフジノンKF8X42W(7倍7.5°)とヒノデ5X20-A3(5倍9°)の2機種をこの方法で測ってみた。
結果、KF8X42Wでは計算値(現JIS)=55.6°測定値=55.6°で誤差ほぼゼロ、5X20-A3では同44.7と44.5°では誤差0.5%と予想外によく一致した。

↓ヒノデ 5X20 A3(上) とフジノン KF8X42W(下)の水平方向視野の比較像。冗談かと思うくらいきっちりと計算に乗った。


続いて、新旧JISの基準に基づいて製造された双眼鏡の見かけ視野実測値を比較してみた。PIXは画素数、Vmは実測値。新・旧JISの値は、それぞれの公称値に対する実測値の達成度を示す。
旧JIS基準を満たす機種(Regia 7X50、Nikon 10X70 I型)では、新JISで計算すると公称値を上回る値を示している(昔の方が製作側には厳しい基準だったということがわかる)。 


至極妥当な結果となり、これなら補正バイアスは不要と判断して良さそうだ。
なお、これは複数のエラーが相殺し合ってこのようになった可能性があり、どんなカメラでも同様な結果になるとは言えないと思うのでその点は留意されたし。

 

・検証結果

 と言うことで、以上の2種の方法で手持ちの接眼レンズの中から検証可能なものを片っ端から測定してみた(下表参照)。
この結果をざっくりまとめると、公称値と測定値の差は大きく、検証方法1と検証方法2の測定値の差は小さい、と言うことがはっきりした。

 

検証結果一覧表

 
以下に実測用視野画像を比較しやすいようグループ毎にまとめてみた。
視野円像を丸々載せると場所を取るうえ相互比較しにくいのでので、水平方向の直径部分だけを切り出して並べることにした。。
今回の結果は実際に覗いた際の印象とよく一致していると思う(あくまで個人の感想)。

 

ツァイスサイズグループ

 

谷オルソシリーズ(31.7mmサイズ)

 

PLの類

 

比較的長焦点&広視野の類

 
・相関係数

公称値(以下Vo)と検証方法1による値(以下Vc)の相関係数、Voと検証方法2による値(以下Vm)の相関係数、およびVc対Vmの相関係数を求めてみると

Vo 対 Vc : 0.83 (0.93)

Vo 対 Vm : 0.86 (0.94)

Vc 対 Vm : 0.99 (0.99)

となった。
前述のように公称値と実測値の差は大きく、検証方法1と2の差は小さいことは相関係数からもあきらかになっている。
カッコ内の数値はUW20mmを含めた値を示している。
UW20は計算領域の端で比較的リニアな値を示すので、これを含めると相関係数全体値は改善してしまうためである。
またUWは3群構成のため、今回の評価からは外しておくのが適切と思われる。

 

公称値 vs 視野環寸法からの計算値

 

公称値 vs コンデジによる実測値

 

視野環寸法からの計算値 vs コンデジによる実測値


形式別で見るとアッベオルソタイプはVoと測定値との差が大きく、PLタイプはその差が小さい傾向がある。
アッベスタイルオルソの公称値は多くは2007年以前の旧JISベースの値と思われることから、同じ光学条件なら見かけ視界の数値は現JISより数%大きい値になっていることになる。
しかしこの傾向はブランド別で見ると、JISの新旧にかかわらず(その許容範囲を逸脱して)公称値と実測値の乖離傾向がさらにはっきり出る。

 相関係数が示すようにVcとVmの値は接眼鏡の形式に係らずよく一致しており、このことから今回の検証結果はそれなりに妥当性があるものと判断して良いだろうと思っている。

そうであればなおさらアッベオルソタイプの公称値と実測値の乖離は気になるところではあるが、その理由についてはここでは詮索しないことにする。

 PLが公称値と実測値の差が小さい理由はよくわからないが、可能性として市場に登場した時期によることがあるかもしれない。
ツァイスサイズ全盛のころにはPLタイプは国内にあまり出回っていなかったと思う。
PLが国内に出回り始めた時期は輸入品が主流が移った頃で、それらが現JISと同様のISO基準(…と言うか現JISがISOに合わせたのだが)で製造されていていたためかもしれない。
 アッベオルソは像の先鋭性に主眼を置き、PLは(オルソよりは)広い視野で覗きやすさとほどほどの先鋭度が接眼鏡の設計思想としてあるのようなので、見かけ視野に対する設計優先度も違うのかもしれないが、それを公称値から外れている理由としてはNGだ。

 また世の中でいろいろと言われているC国製だが、今回の検証ではこと見かけ視界については、公称値がきちんと守られている、と言うことが分かった。
むしろ国産を謳っている製品に公称値との乖離が大きいものが多いのはちょいと意外&残念である。
まぁ見え味となるとまた別の議論になるのでここでは触れない。

 

 さて、今回のそもそもの目的は古い接眼鏡の見かけ視野の検証ではあったのだが、事を進めている内に「検証方法自体の検証」的な側面が強くなってしまった。
が、それはそれで面白くていくつもの発見がある作業ではあった。

おかげで以前からもやもやしていた事柄の多くはすっきりしたのだが、新たな(なんで古い接眼鏡はこれほど露骨に相違がある値を見かけ視野の公称値としていたんだろう?…的な)もやもやも生まれてきた。

まぁ、いまさら究極的にどーでも良いことではあるが、折があれば別の切り口から調べなおしてみようとは思う(が、たぶん調べないなこりゃ)。