ミニチュアなものが好き | 形而上詩ってどんなん?

形而上詩ってどんなん?

詩は哲学。
哲学のない詩に輝きはない。
詩は想い。
想いのない詩に感動はない。
詩は無形。
詩は宇宙をその内に秘めて。


最近はどうやって自分の知力を上げようかと
模索しているんだけど、
その中で思い出した話がある。

知能テストを小学校で受けた時の話。
テストそのものを結構楽しめたんだけど、
結果は普通だったんだろう、
自分の手元に結果が返ってきた。
総合的に見て普通であっても、
俺の場合は他の項目に比べて
3倍くらい高い数値を記録していたものがあった。
突出しすぎていて、
友達のグラフと比べて目をパチクリしたものだ。
みんなある程度平坦なグラフなのに、
俺だけがやたらバランスが悪い。
当時は気味悪かったな……

その項目が

空間認識能力

三次元空間を的確に把握する能力。
で、これを思い出したときに
この「空間認識能力」の異常について
思い当たる記憶がポツポツと甦ってきた。

まず、俺には
自分を外から見ている記憶が異常に多くある。
友達とはしゃいでいる自分を
遠くから見詰めている自分の記憶。
その時に目の前にいるはずの友達の記憶はない。
意識が完全に外側にある。幽体離脱のような状態だ。
ある時、友達と喧嘩して
友達を投げ飛ばしている自分を斜め上から観察して、
きれいに投げたなぁと感心している自分がいた。
投げている最中の自分の目線はない。
投げる直前の自分の目線はある。
数少ない幼稚園の記憶。
俺の通っていた幼稚園は
2回のテラスにプールがあった。
そのプールを上空から眺めている自分。
俺は幼稚園の庭に立っている。
小学生の記憶。
階段から飛び降りて遊んでいる時。
飛び降りた瞬間に自分が置き去りにされて、
自分の背中を見ていた。
着地した時には自分の身体に戻っている。
全部は書ききれないからこんなところにしておく。

異常な空間識で、
視点があらぬところに飛躍してしまう時がある。
知覚できないものは見えないが、
知覚できるものは全部見える。
知っている場所の
壁の向こう側を見ることはできても、
不確定的な「人がいる」などはもちろん見えない。
透視とは違うからだ。
壁の前に立って、
壁の向こう側を壁の向こう側に立って見ている自分を
さらに上から見ることもできる。
これなんかは想像力の世界だけど。
今部屋のパソコンの前にいるけど、
部屋の外に立って
今の自分を外側から見ることもできる。
これも想像力の世界。
今、頭の中にはキーボードを叩いている手元と画面と
部屋の外からの自分の見た目の「映像」がある。
今は自分の背後に回ってみた。

この程度は誰でもできるのだろうか?
少なくとも、
校庭の端に立っている自分を
反対から見ている自分
の方に意識があって、
実際の自分の方には意識がない
という状況になってしまう人はそうそういないと思う。

なんだかホラーな話だけど、事実だから仕方ない。

便利な能力でもある。
想像の翼を広げて、空に舞い上がって雲の上、
大気圏の向こう、銀河の果て、
100億光年の彼方まで意識を広げることができる。
リアリティを持って行けるのは
20~30m上空くらいまでだけど、
その先を想像力でカバーできる。

この能力のせいかどうかは知らないが、
ミニチュアなものが好きだ。
シルバニアファミリーのドールハウスとか、
今でも欲しくなる。
この能力のおかげで、そこにある物と構造を知れば、
どんなサイズの物の中にも入ることができる。
だから、ミニチュアが好き。
リアルなミニカーがあれば、
その車に乗ってそのフロントガラスから見える風景を
自分がミニチュアサイズになった状態で認識できる。

とりあえず、俺の場合は空間識”異常”だから困る。
自分の意識が自分から勝手に飛び出して、
そこにいる自分には意識がないのだから、
頻繁に起こってしまったら生活できない。
衰えたのかどうかはわからないけど、
最近はそういうことも少ないからいい。

分裂してるんだろうなぁと思ったりする。
自分を客観視というよりも、
完全に自分の外側から自分を観察している自分と、
その観察者の自分を観察している自分、
今話している自分の横で別のことを考えている自分。
話している自分が自分なのは確実なのに、
どの自分が本当の自分かわからない。
一番外側にいる自分が、
一番心の根っこの部分にいる気がするし、
話している自分には
あんまり意識がなかったりするし……
困ったものだ。
ただの精神異常か?

ちなみに、知らない場所は見られないから、
地図を渡されても何も見えない。
むしろ方向音痴なくらいだし。
空間を認識できることと、
方向感覚が正しいことは別問題だ。
ここまで書いてきたように、
方向なんてあってないような視点で生きてきたから。
ワンピースのゾロくらいありえない方向に進んでいく。
北に向かって帰宅していたはずが、
南の町に出てしまったり。

斜め上から自分をみてしまう癖。
目の前の出来事の当事者にならないようにする
自己防衛なのかもしれないな。