2011年3月11日からまもなく丸10年。
呆然としながら、津波に流されて行く家や、爆発を起こした電子力発電所を、テレビ画面で見ていたことを思い出す。
人間は、どう反応すればいいのかわからない状況に陥ると、反応を止めてしまうのかもしれない。
叫ぶこともなく、引きつけを起こすこともなく、泣くこともなく、ただ圧倒的な状況を前に佇むしかなかった。
当時、書籍の校了作業が非常に忙しく、地震が起こっても会社で夜通し仕事を続けていた。
校了データの入ったMOディスクを受け取りに行くために地下鉄に乗ったけど進みが遅く、途中下車して組版のオフィスまで走った。
避難・帰宅する人々の流れに抗い、会社まで走って戻ったことを覚えている。
現在ではMOディスクを扱うこともなく、入稿データの受け取りは全部オンラインなので時代の変化を感じる。
地震の何日か後には、原子力発電所が爆発した。黒煙の映像に息をのんだことを覚えている。
出先のデザイン事務所から戻るときに小雨に降られ、本郷三丁目あたりで頭が濡れた。
ニュースを思い出して、直感的に射能の危険性を感じながら封筒を頭上にかざした。
(その後、白髪が増えて毛量がかなり減ったことは関係あるのかどうかわからない)
311の後から、自宅の料理にもお茶にも水道水を使うことはなくなった。
日常的にミネラルウォーターを使うことになって丸10年。
1日2リットルぐらい使うことが多い。安いところで買ってもペットボトル1本80円程度。
1か月で2,500円程度だろうか。1年で30,000円。
それを高いととらえるか、たいしたことないととらえるか。
最近は毎週ペットボトル6本入りの箱を買って、スーパーから1キロほど抱えて帰る。
軽い筋トレ&ウォーキングだと考えると、水を買うことも無駄ではない。
放射能汚染やコロナ禍の中でも、日常を過ごしている人々の姿に、戦時中の人々の姿を想像する。
第二次世界大戦は4年近くも続いた。
コロナ禍はすでに1年を過ぎた。世界史に残る出来事にリアルタイムで立ち会っている。
いつまで続くのか、戦時中の人々のことをときどき考える。