自分でもたまに編集後記を書く。
まじめすぎず、ふざけすぎず、軽めに書く。
だけど納得のいく編集後記はなかなか書けない。
簡潔で押しつけがましくなく、発見と余韻のある編集後記を目にすると感心する。
近年、『週刊金曜日』のメルマガを読んでいるが、編集後記に違和感を覚えることが多い。
なぜそのように感じてしまうのだろう、と不思議に思っていたが、どうも、感覚的な表現が多いことが原因のようだ。
状況を分析する以前に、レッテル張りというか非難というか、根拠のない攻撃姿勢が見えてしまう。
分析から見えてくるものにそれなりの判断をすることが、批判的であり、理知的と言えるのではないだろうか。
自分の価値判断基準を無批判に保持し、「怖い」「異様」「心底ぞっとした」「荒廃は進む」などとネガティブなイメージの言葉を並べることは、批判ではなく非難を行っているだけではないかと感じる。
さまざまな立場の人々の言論に興味があるが、数式や化学式に通じる冷静な表現ができず、ネガティブな表現を並べて何か意味のあることを言ったように思い込んでいる人たちに同調していると、世の中の構造を見誤ってしまう恐れがある。
論理的思考を学んだことのない人が、声を荒げれば状況を変えることができると思って激しい言葉を使っても、同調してくれる人はなかなか増えない。
現代では、不調のパソコンを叩いて直そうとする人は少ないだろう。
システムのどこがわるいのか分析して改善すればいいだけなのに、核心を指摘できず不機嫌に叩いて悪化させる人を連想してしまう。
以前の編集長は、小林和子さんのような文章は書かなかったのかもしれない。
そうであれば、同僚は編集長に対して、編集後記の書き方をもう少し論理的にあらためた方がいいと進言すべきではないだろうか。
※参考
<<『 週 刊 金 曜 日 』 メ ー ル ニ ュ ー ス >> 2020.9.4
【2】 編集長後記
安倍晋三首相が、辞任を表明。今週号は当初予定していた記事を差し替えて関係記事で特集とした。その後共同通信によると、首相は在任中に敵基地攻撃能力保有の方向性を示す意向を固めたと与党幹部に伝えたとのこと。は~?先の会見でも首相はやり残したこととして憲法改正、北方領土、拉致問題を挙げたが、福島原発事故や沖縄の新基地建設に言及していない。拉致問題はともかく、実現せずとも責められない「大いなる課題」に夢中で、目前の危機的課題は終始眼中になかった。
本誌は懲りもせず、ずっと批判を続けてきた。第一次政権のときは「イデオロギーでなんでもかんでも批判するのはどうか」と言われ、第二次政権当初も「考えすぎ」と言われたが、特定秘密保護法あたりから「安倍さん、ちょっと怖いね」に変わってきた。今週号、雨宮編集委員の「悪夢狩り」の被害は、この政権の異様さを如実に表していて心底ぞっとした。トップが変わっても?アベ政治?が変わらなければ、社会の分断と荒廃は進むだけだ。(小林和子)