酒と詩 | ambiguouswordsのブログ

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酒と詩は縁が深い。
東洋でも西洋でも酒をうたった詩は多い。
酒と詩には通じるところがあるのだろうか。

酒といえば、私は日本酒やワイン、ビールといった醸造酒が好きだ。
人類がつちかってきた知恵を感じる。
だが、10種類の日本酒を飲んでも、私がおいしいと思って飲むのはせいぜい2~3種類だろうか。
5~6種類はまあまあ飲めるもの、残りはあまり飲みたくないと感じるもの。

いいお酒は、アルコールのツンとした感じがないし、糖分の甘ったるさがないし、水っぽさもない。
違和感なく浸み入るような味や香り、舌触りを楽しむことができる。
静岡の「磯自慢」、「開運」、群馬の「水芭蕉」、山形の「十四代」、兵庫の「龍力米のささやき」、山口の「貴」などは安心して飲める。
だけど、そういったお酒はなかなか多くない。

多くの日本酒は、どこかツンとしたアルコールの刺激があったり、甘ったるさがあったり、ひねた香りが入っていたりすることが多く、心からおいしいと思えるものは少ない。

それはそれでいいと思う。
日本酒でもワインでもビールでも、何種類もの銘柄のものを試しておいしいと思えるものに出会えれば、それでいい。
ほんのすこしでも好きな銘柄の日本酒があれば、日本酒が好きだと公言していい。

むしろ、人工的な日本酒モドキのお酒をぐいぐい飲んでいる人は、日本酒好きとは言えないのではないだろうか。
日本酒の繊細な良さがわからないのに安価なお酒を飲む人は、ただ酔いたいだけなのかもしれない。

詩だってそんなものかもしれない。
酔いたいだけで詩に関わっている人も少なくないのかもしれない。

本当のいい詩というものは、ツンとしていないし、甘ったるくもないし、違和感なくその良さを味わうことができるものではないかと想像する。