日本国歌を「かあさんの歌」に | ambiguouswordsのブログ

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ふと、「日本国歌を『かあさんの歌』にしてはどうだろう」と夢想した。
冗談ですけどね。
サッカーやボクシングの試合の前、日の丸を仰いで「か~さんは~よなべ~をして~」と歌う。
あまり長くない歌だし、覚えやすい。
何よりも、母親に対する感謝のような言葉を入れた国歌は他にあるだろうか。
試合相手も闘争心を失って郷愁にひたるかもしれない。

よく、君が代は勢いがないとか静かだとか言われる。
だからといって勢いのいい行進曲みたいな勇ましい曲を人々が求めているわけではないだろう。
それに行進曲みたいな国歌は世界中にあふれていてありきたりだけど、君が代の雅楽の旋律はなかなか個性的で、おもしろい。
歌詞だって世界の国家にくらべたら穏やかで強引じゃなくて、受け入れやすい。

でも、どうせ穏やかに行くんだったら、いっそのこと「かあさんの歌」を国歌にしてもおもしろいんじゃないかな。
それにしても、「かあさんの歌」ってどういう曲だっけ。


10年前の冬、毎日ロンドン郊外からピカデリーサーカス周辺まで足をのばしていた。
3月のある日、ピカデリーサーカス駅から滞在先に帰ろうとして地下鉄に入ろうとした瞬間、足が止まった。

リコーダーはたしかに「かあさんは夜なべをして手袋編んでくれた~」のメロディーを奏でている。
30代にも見える白人ホームレスが、ピカデリーサーカスの大きな交差点に面した建物の壁の下に座り、リコーダーを吹いている。

思わず、引き返して彼の目の前のくたびれた帽子に、1ポンド硬貨(約200円)をそっと入れた。
その間も彼はこちらに視線を送ることもなく、白いリコーダーで「かあさんは夜なべをして~」を吹いていた。
とても郷愁をそそる。

私は物乞いの人にお金をあげないのだが、その時ばかりは何か意思を示したくて、コインを渡さずにはいられなかった。

地下鉄に入りながら、「もしかして『蛍の光』や『埴生の宿』のように、スコットランドに原曲があるのだろうか」「彼は日本に滞在していたことでもあったのだろうか」「郷愁を誘う曲として誰かに教えてもらったのだろうか」などと考えた。

日本に帰ってから確認すると、外国の歌ではなく、1965年に窪田聡氏が作詞作曲した作品だった。


なぜあの男性があの曲を吹いていたのかずっとわからなかったけど、最近ふと「もしかして、似たような曲が外国にもあるのかな」という考えが脳裏をよぎった。

久々に「かあさんの歌」を検索してみると、ロシア民謡が原曲だという説があることがわかった。
そういえば、ロシア民謡風に演奏すればロシア民謡に聞こえるかもしれない。
もしかしたら、イギリスで見た男は、ロシア人、あるいはロシア民謡を習ったことのある人だったのかもしれない。

どちらにしても、「かあさんの歌」がロシア民謡のコピーだとしたら、日本国歌には不適切かな。
では、国歌は荒井由美の「瞳を閉じて」かマイク真木の「バラが咲いた」でいいや。(冗談です)


※参考資料
http://www.mmjp.or.jp/MIYAJI/mts/nihonnnouta/kasannouta.html
(歌詞)
かあさんは 夜なべをして
手袋編んでくれた
「木枯らし吹いちゃ 冷たかろうて
せっせと 編んだだよ」
ふるさとの便りは 届く
いろりの 匂いがした

http://www.doyo.jp/sub/yomoyama1.htm
かあさんのうた
作詞・作曲 窪田聡(くぼたさとし)
昭和31(1965)年2月
『窪田聡作品集(一)』昭和33.12収録
「かあさんのうた」は戦後の「うたごえ運動」の輪から広がりやがて、ダークダックス、ペギー葉山が取り上げ、歌うようになり全国的に広まったということです。
 また、NHKの「みんなの歌」でも取り上げられています。
 楽曲に関しては、原曲は、ロシア民謡の「荷揚げ人夫の歌」であると記してある本もあります。

http://www.cryolights.com/glee/tsuru1.htm
(略)金田一晴彦・安西愛子編の「日本の唱歌(中)大正・昭和編」を家人が貸してくれた。そこには以下のように記されていた。「うたごえ運動から流行りだした歌の一つ。原曲は、ロシア民謡の「荷揚げ人夫の歌」で、ここの作詞は内容がいかにも具体的で、故郷のおふくろの暖かさを感じさせ、戦後の勤労者の青年にぴったりのところが強みである。ダークダックスやペギー葉山がよく歌った。作詞者の窪田聡は埼玉のうたごえ運動の中心的存在」とあった。