>人が娘を女奴隷として売るような場合、その女奴隷は、男奴隷が去る場合のように去ってはならない。

彼女を自分のものと定めた主人が、彼女を気に入らなくなった場合は、その主人は彼女が贖い出されるようにしなければならない。主人が彼女を裏切ったのだから、異国の民に売る権利はない。

その主人が彼女を自分の息子のものと定めるなら、彼女を自分の娘のように扱わなければならない。

その主人が別の女を妻とするなら、先の女への食べ物、衣服、夫婦の務めを減らしてはならない。

もしこれら三つのことを彼女に行わないなら、彼女は金を払わないで無償で出て行くことができる。

                       出エジプト記 21章 7〜11節

                       聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

 

→前節までのヘブル人男奴隷を引き合いに出して女奴隷について書いているので、この<女奴隷>もヘブル人ということになる。

そしてその保護について11節までで定められている。

 まず、

                「ヘブル人女奴隷

 

というのは単なる労働力ではなく

                主人と夫婦の関係

であった。

だから息子の女奴隷は息子の嫁の様なものだから<自分の娘のように扱>う。

 

<その主人が彼女を自分の息子のものと定めるなら、彼女を自分の娘のように扱わなければならない。>

 

 ただこの「夫婦の関係」は一夫一婦制のそれとは違うので、<別の女を妻とする>ことも起こりうる。そのような場合に関しては生活の補償が定められている。

<その主人が別の女を妻とするなら、先の女への食べ物、衣服、夫婦の務めを減らしてはならない。

 

 ただ、

         <妻>と<女奴隷>の違い

 

と推察されるのは「離婚」について。

主人は<気に入らなくなった>という理由、つまり

 

    主人側の一存で<女奴隷>を家から出すことができる。

 

<妻>に対しては妻側に否があるなど正当な理由が必要である。

<彼女を自分のものと定めた主人が、彼女を気に入らなくなった場合は、その主人は彼女が贖い出されるようにしなければならない。>

 

しかしそのような場合でも<異国の民に売る権利はない>。

<主人が彼女を裏切ったのだから、異国の民に売る権利はない。>

 

主人が別のヘブル人男性に変わるという<贖い>に制限されている。

 

>男奴隷が去る場合のように去ってはならない。

→奴隷から解放されたとはいえ女の場合は、

 

         「かつて主人がいた女」

として扱われるであろう。

 男奴隷のように「自由人の人生の一歩を新たに踏み出す」というわけにはゆかない。

神が定めたコミュニティでは

 

       女は男に保護される存在

なので、

      新たな主人に仕えるようにすることが神の思いやり

と言えよう。