近頃、自己クリアリングブーム真っ最中なんですが…


一つ大きな気づきがあって。
それは
手放す行為には
陰と陽のパターンがある

ということ。
つまり、簡単にいってしまえば
何かを「手放す」時、
手放す対象や感情にたいして
執着しているか、否か。
執着がある手放しは
「あきらめ」
執着がない手放しは
「悟り」
例えば、
「大好きなあの人に私なんかふさわしくない……
だからこの恋をあきらめよう」という手放しは、
あの人の事が好き(=本音)な気持ちがあるまま、
好きな人に愛されてないから、という理由で
現実の状況を手放す。
これって「私なんか…」と
いったん自己否定した上で、
さらに本音を無視する=「あきらめる」状態。
手放すどころか、かえってダメージ受ける。
それは陰の力が働く、あきらめ。
それとは逆に、
「あの人の事は大好きだったけど、
今はもっと楽しい事を見つけて、なんだか前より魅力を感じなくなったな。
人を好きになる気持ちを教えてくれて、
ありがとう!
私は自分のやりたい方向に進むために、
あなたに感謝してお互いの幸せを願いながら、
この状況をすっきりした気持ちで手放します。」
というような執着がない状態で、
自分と向き合えるのなら、
それは陽の力の悟りとなります。
でもね、
あきらめの本来の意味は
仏教で「明らかに見ること」らしいんです


これ、実は究極の悟りですよね

だからやっぱり、
手放すという行為には二面性があって、
どちらに意識を向けるか?という事が大事なんじゃないか?と。
あきらめる=自己否定。
(本音を無視して、現実逃避する)
悟り=自己愛。
(本音を受け入れて、現実を創造する)
この二つのどちらかを選ぶことで、
自分の中のモヤモヤ度が変わりますよね。
だから、
一概に手放すという行為が全て正しいのではなく
本音をきちんと見定めた上で
現実でも行動する。
一見同じように見える行動の焦点の合わせ方を、
ここ数日で学んだ気がします。
あなたが今何かを手放して、
前に進もうとする時、
その手放しの根源に執着があるかどうか?
本音に逆らっていないか?
一歩足を踏み出して進む前に、
自分の気持ちを確かめてみてください。
なんの躊躇いもなく手放そうとするものを、
スッキリ忘れられるなら大成功


でも、前に進む時に
後ろ髪を引かれるようなのであれば
手放す前に自分を否定して無理に現実を変えようとしていないか、一度改める必要があるかもしれません。
かくいう私も
まだこの状態を行きつ戻りつしておりますが、
自分を第一に愛した状態で
(手放すことによって、自分が本当に幸せになれるかどうか)を見定めるワンクッションを置くことを
心がけるようになりました。
その結果、
現実での物事の進み方に
少し変化を感じます。
つまり、自分の想定してなかった良い流れに遭遇する機会が増えました。
あれれ?
今まで全然動きがなかったのに、
こんなにうまくいくの?
というふうに。
今日も順調に成長させてもらっているようです
本当にありがたいですね

明日もこの調子で、
予想を上回る奇跡が起きますように

