ユリ(百合)が純潔の象徴で、豊穣と大地の女神デメテルやその娘の春の女神ペルセフォネを表すのに対して、バラ(薔薇)は、愛の女神アフロディテを象徴する花として用いられます。この様な花と女性像の対比は古来からよく用いられてきている様です。
―サイボーグ009の「サイボーグX」編より― サイボーグX:ナックのセリフより。
「バラの花、バラの花は美しい。特に夏のバラは綺麗だ。」
「バラの花は枯れた。あんなに美しく咲いていた夏のバラが。秋が来たんだ。」
「この夏のバラの花にかけて誓う。誰の命令でもなく。」
ちょっと気障。しかし、この言葉、人生の苦闘時に心の中で結構使えます。
ユリの花については、「龍神沼」のヒロインの龍神のお姫様が白ユリを携えて現れます。
主人公の町から来た男の子に彼女は興味があるようですが、流石に近づく事が出来ません。
男の子が、外で昼寝をしている隙に、彼女は、彼女の印である白ユリを男の子の傍らに置いて去ります。
白ユリが龍神の少女の神格を表すのに効果的に用いられています。
「ユリは高嶺の花」といったとろですが、それと同時に少女の健気で美しい気持ちも表しています。
赤毛のアンでも、クイーン学院時代のステラ・メイナードがユリの花であるならば、プリシラ・グラントがバラの花なのでしょうか。
恐らく作者は、意識的にクラスメートの人格を配したのでしょう。