マジメを手放した

アラフィフ会社員 安葉ようこですニコニコ


仕事が私の人生の中心になり
残業100時間近く働いていた頃の話は

こちらから↓↓
自己紹介その①


そんな私に大きな転機が訪れたのは

コロナが猛威をふるった時期


まず出社できなくなり

今までと同じ働き方ができなくなった

在宅勤務が始まり、すべてが大きく変わっていった

したくてもできない

そんな物理的に無理な状況で仕事をしてみたら

 

自分の業務のなかに
・やらなくても困らない事

・なくても回る業務

そんな無駄な仕事が意外と多いことを知った

仕方なく、無駄な仕事を断捨離していったら

業務量が減ったことで時間的余裕が生まれ

それが心の余裕につながった

 

そして、余裕ができたからなのか

そういう時期だったからかわからないけど

なぜか、この先が不安だと思うようになった

 



 

そのとき、私は50歳目前
定年まではあと10年


もし会社がなくなったら?

もし収入が途絶えたら?

子供たちの将来は?

私はどうやって生きていくんだろう?

 

今、仕事はあるけど

この先何があっておかしくない

そんな不安がどんどん浮かぶようになった

コロナ禍だからこその不安だったかもしれない

 

 

 


そこから私は

会社以外でお金を稼げる方法を探し始めたと思う

 



そこで、まず飛びついたのがアフィリエイトブログ

 

ネットやYouTubeで

「ブログで稼げる」

「初期費用かからない」

なんて情報をよく見かけたので

これなら私にもできるかも!って飛びついた

ノウハウはあちこちに散らばっていた

ブログの開設までは順調に進めた


でも問題はここからだった

何を書けばいいのかが、全くわからない
 

そもそも私には

おススメしたいことやモノなんてなかった

結局1記事も書けないまま

そのブログは閉鎖してしまった

ポイ活もやった
メルカリもやった
でも続かない

そのたびに、私には何もない
私にはできることがない
情けないなって
どんどん自信がなくなっていく

 

私には何か欠陥があるんじゃないのかって

本気で思った

今振り返ると

あの頃が人生でいちばん自分に自信が無くて

いちばん迷っていた時期だったんじゃないかな

でも、このモヤモヤがあったからこそ

私は次の一歩を踏み出せたんだと思う

 



またまた長くなったので、自己紹介③に続きます

 

 

 

 

 

はじめまして🌺
マジメを手放したアラフィフ会社員 安葉ようこですニコニコ

 


今でこそ
「会社員でも働き方は変えられる」
「不真面目上等!」

「無駄な仕事は手放そう!」
「自分の時間は必須!」

な~んて熱く語れるようになりましたが
 

実はほんの数年前までの私は

本当に普通の会社員

(というか、今でも指差し

 

 

 

仕事が最優先!
忙しいのは当たり前!
自分のことは後回し!(無意識)
それが当たり前だったし

会社員はこうあるべきだと思っていた

 

 

 

SNSなんて

うさん臭くて怪しい世界

いいねもフォローも

怖くてできなかった

 

でも

そんな私の考え方・働き方・生き方は

ここ数年でものすごく変化したんです

 

 

 

 

そんなごくごく普通の人生を歩んできた

私がどんなヤツなのか?

を知ってもらうために
もうすこし私について書いていこうと思います!

 

 

 


 

私は、地元の短大卒業後

リゾートホテルに就職
そこでアルバイトとして働いていた夫と出会い結婚



結婚を機にホテルを退職し

コールセンターや契約社員など

何度か転職しながら
不妊治療で長男を授かり

その長男が2歳になる頃

今の会社に時短勤務のパートとして入社

それから私の会社員生活が始まりました



とはいえ、最低賃金がどこよりも低い沖縄。。
時短勤務だったこともあり

いわゆる大手企業でも

当時の給料はお小遣いのような額

それでも

その頃は仕事の負担も少なかったし
「まぁこんなものか」と

特に大きな不満もなかった



その約1年後にフルタイムになり

時短の頃よりも仕事量も残業も多くなりましたが

再度の不妊治療で

次男を授かることができました



当時はなぜか、正社員でも

産休・育休を取る人は全くいなくて

妊娠したら退職。って雰囲気があったのですが

 

また就職活動をするのが

ものすご~くイヤだった私は

会社の制度を調べ上げ

上司と話し合い

パートだったけど

産休・育休を取得することができました



でも

早く仕事に戻りたくて7か月で職場復帰

その頃はまだ

「忙しいのが当たり前」
「残業するのが当たり前」

「仕事が第一」

だから「休む=迷惑かけること」

だと思ってたので

仕事は忙しいし大変なんだけど

 

人間関係はとても良く
同僚たちと会社の文句を言い合うのも楽しく
働く時間が多い自分は

会社に貢献できていると信じていました
 

 


それから

入社10年目で正社員登用され

「この歳で正社員だなんて、ありがたい!」


さらに仕事を頑張らねば!と

めちゃくちゃ張り切っていた

 

 


でもしばらく経った頃

退職者が続き

人手不足が深刻に

 

気がつけば私は

そんな誰かの仕事をほとんど引き継ぎもないまま

ひとりで抱えることになっていた

 



残業は月100時間近く
土日も一人会社へ行き

仕事をしていた

 

そうしないと全然さばけないし

仕事が終わる気がしなかった

 

 


だけど

これは私だけじゃない

周りもみんな忙しいんだから仕方ない

だから

「手伝ってほしい」なんて言えなかったし


「できるのは私しかいない」

本気でそう思っていた

 





そんな働き方が1年以上続いたら

突発性難聴を発症
産業医には労災申請を勧められました

でも私は
「これは私自身の問題だから」

「労災なんて大げさな」
なんて思ってた



今こうして振り返ってみると
私は完全に仕事に飲み込まれていたし
会社や同僚たちの迷惑をかけたり

仕事に穴をあけることの方が怖かったんだと思う

 


 

さらに

家族との時間も十分に取れていなかった気がする

家にあまり居ないことへの罪悪感からか
家のことはちゃんとやらなきゃ!と思っていたし
私の代わりに色々やってくれてる夫には

ものすごく気を使っていた



まだ幼かった息子たちにも

寂しい思いや窮屈な思いを

させていたのかもしれないなぁ

そして、正直に言うと

この頃のことはあまり覚えていなかったりする。。

ただひたすら仕事をしていた
本当にそれだけだった



これがコロナ禍が始まるまでの

私の状況


そんな生活をしていた私が

50歳を前にして
「このままでいいのかな?」と

思うようになります

そしてそれが

働き方が少しずつ変わっていくきっかけに

なりました

 

長くなったので

自己紹介その②に続きますダッシュ