「卵をめぐる祖父の戦争」著者デイヴィッド・ベニオフ 1970年生まれ 2011年刊 田口俊樹訳

 

「戦争がどんなだったか知りたいんだ」と祖父に聞いた 1942年祖父レフ・ベニオフはレニングラードに住む17歳ユダヤ人 街は「レニングラード包囲戦」ナチスドイツ軍の猛攻を900日に及び耐えるさなか住民67万人も死んだといわれる飢餓状態だった 少年レフは消防団の団長として見張りしていると爆撃されたドイツ戦闘機から兵士が落ちてくる 落下地点に仲間と駆け付け死んだ兵士の所持品を漁っているとソ連軍に捕まり拘置所に。銃殺刑もありうる

そこで金髪碧眼の元大学生で脱走兵のコーリャとふたり、なぜか秘密警察の大佐のもとに引っ張られる 大佐はふたりに奇妙な命令を下す 娘の結婚式の祝いのケーキのための卵を1ダース 一週間内に調達せよと

 

二人は命乞いのために出発する 卵なんかどこにある? レニングラードの飢餓状態のおぞましさを次々に見る 食糧庫のうわさを聞いてそこへ行くと天井から吊るした鎖にぶら下がる人肉を売る人食い夫婦が! 屋上の鶏小屋で食物がなく寒さに震えている少年ヴァディム「ここを去らずに守り抜くよ 鶏をもってけよ」彼はこと切れる 残った一羽の鶏ダーリンが卵を産むことを期待したがそれは雄鶏だった ダーリンはスープになって飢えた僕たちと仲間に栄養補給してくれた

 

犬の遠吠えがする 雪の上に死んだ犬が12匹 牧羊犬だった 背中に木箱が皮の装具で取り付けられていた 地雷だ 腹をすかせた犬たちがドイツ軍の戦車に突進していく姿が眼に浮かんだ 雪の中で血を流している「いい子だ」すばやく手を一振りして犬の首を切った 犬は子犬のように四肢で宙を搔いてから死んだ わしらは死んだ犬に敬意を表した 

農家で毎夜ドイツ兵の慰み者になっている少女たち その一人ゾーヤは逃げようとして鋸で両足首を切断される 立ったまま雪に膝まで埋もれて死んだロシア兵にも出合う

二人は戦場を横断して卵を探す 街を離れるとパルチザン一行に遭遇する 隊長コルサコフ、唯一の女性狙撃手ヴィカと彼らの土地勘をたより同行する 彼らはドイツ軍特別部隊のアーベントロート少佐の命を狙っていた

とうとうドイツ兵達と遭遇する 走れ! 走った! パルチザンと100人近い捕虜がドイツ兵に囲まれる わしらは捕虜にまぎれこんだ

 

物語のおもしろさはこのさき、紛れ込んだコーリャとレフが捕虜の選別をされ からくも生き延びたのだが、卵1ダースを持ち帰ることができたのか? その先ふたりは生き延びて帰ることができたのか? そして1944年レニングラード包囲戦は終わった

 

レフの父親は詩人だった わしの幼い頃家には詩人文学者が集まり交流した コーリャは戦場を歩きながら幻の評論「中庭の猟犬」を語る 君の父はあの、秘密警察に連行された詩人ベニオフなのか! コーリャの文章を聞いてわしは思った、コーリャなら戦争を生き延びいつか小説が書けるだろう

戦争に消し去られる文学の香り 卵を持ち帰るという馬鹿げた仕事 私はこの卵のため命をかけるふたりに泣けたんです なんて戦争とはむなしく馬鹿げたことか!