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1月24日に開催した、-建築の持つ力を活かすことを考えるシンポジウム-「地域のたからを、地域にひらく」~松門文庫の可能性~をまとめました。是非ご一読ください!梅干野先生と松門文庫の関係、おおうちさんがマツモト建築芸術祭をやろうと思ったきっかけなど、興味深いお話をされています。
10月には皆さんに松門文庫での芸術祭を楽しんでいただけるように、取り組んでいこと思います。よろしくお願いします。
24日に浅間温泉文化センターで、「建築の持つ力を活かすことを考えるシンポジウム-地域のたからを、地域にひらく~松門文庫の可能性~」を開催しました。50名のご参加くださった方々、ありがとうございました。おおうちおさむ氏、梅干野成央先生から、プロフィール、どのような思いで建築に関わる業務に関わっているのか、感じているのかお話していただきました。梅干野先生は日本建築史学がご専門というお立場から、ます松門文庫の価値などお話しされました。信大の学生だった頃、実は松門文庫のすぐそばに下宿していたのに、当時はまだ擬洋風建築などを理解するに至っておらず存在さえも知らなかった、観察眼が備わっていなかったが、学を修めていく中で「観る目」ができ、今は松門文庫がいかに価値ある建築かということが判るようになったというお話が印象深かったです。街を創る建築、それを見る「観る目」を育むこと、歴史を学ぶことの大切さをお話しされました。おおうち氏はマツモト建築芸術祭開催に至った経緯と、建築とアートをどういう視点で繋げるのか、などお話しいただきました。まちを歩き回って見つけた場所に飾りたいアートを考える、その時に建物とアートを「縁」で紐付けない。その地で育まれてきた建物の持つ力と、何の縁もないアートが持つ力が、お互いを引き立て合うのが面白い。建築の持つ力が、単体ではアートとも呼べないものでもアートに引き上げることもあるし反対もある。古い建物が本来の使われ方と違って使われることで、新しいステージに導く力をを感じる。建築は樹木みたいなもの、地球に生えている。美術館より博物館が面白い。展示空間に見られるべくして飾られている物より、古いもの(歴史)を新しい見せ方をすることで守り継いでいけるから。空間づくりにはコントラスト(対比)が相乗効果をもたらす。という言葉がとても印象的でした。
今文化財になっている物が存在するように、今から将来文化財として価値が認められるべきものを残していく必要がある、その目を持たねばならない。ただ保存するだけではなく、利活用の道をつける必要がある。今の時代、たとえ国宝と言えども利活用に向かっている(富岡製糸場の事例)。古いものを古いまま「保存」するのではなく、今の使われ方に合ったリノベーションをすることで新しい価値が生まれる、今の時代にブラッシュアップできる。
お二方それぞれ、ほぼ対局のスタンスでの業務をされている(保存と活用)ので、今回一緒にお話しされて「芸術家は歴文化に敏感だと感じた(梅干野先生)」「歴史には、人を納得させる力、コンテンツの質を上げるものがあると感じた(おおうち氏)」との感想もいただきました。歴史はモノや形にまつわるルーツを探るのに不可欠なものであり、地域づくりに欠かせないもの。
松門文庫を再度開くきっかけとして、おおうち氏より、次回の建築芸術祭の会場に松門文庫を使いたいとのご発言をいただきました!おおうち氏は、ひらく会発足の頃に、活用候補者の見学会にいらして、当時(片付け前)の様子をご覧になっています。氏によれば、その時の「文庫の機能を失って住宅として使われていた、生活感あふれる」「住んでいたままの雑然とした」感じがとても魅力的に映ったそうです。現在松門文庫では内部で見つかった大量の化学薬品や建物の老朽化で不特定多数の人を入れられない状態にあります。今年秋に計画されている芸術祭では庭空間と建物の外壁を使えそうだということで、氏の頭の中ではすでに何かしらの構想が出来上がりつつあるようです。「アイディアはいくらでもあります。松門文庫をひらく、第1歩になれば」と有難いお言葉をいただきました。これからの課題として、まずは人が入れるようにすること!そのための出資者を募る必要があること。人が入れるようになればそこからの展開は劇的に進むだろうということです。余裕をもって組んだはずのタイムスケジュールを超過する2時間40分でした。長いと思わせないほどお二人のお話は楽しく魅力的であっという間でした。最後に、梅干野先生から「最初の説明が予定時間をだいぶ超過してしまいましたが、それは松門文庫がいかに価値があって大切なものなのかを伝えたい一心からでした」との言葉も有難かったです。おおうち氏からの「学ぶことは結果を作る、大切なこと」という言葉で締めくくられました。
ひらく会では、おおうち氏のご提案、松門文庫での芸術祭開催実現にに向けて動きたいと思います!松門文庫だけでなく、地元浅間温泉も巻き込んで、広がって、道が開けていくことを願うばかりです。
松本市美術館の石井柏亭の特別展に合わせて、「石井柏亭が愛した浅間温泉」と題して
浅間でわいわいを開催しました。
東京大空襲で焼け出された柏亭が疎開してきたのは浅間温泉の南にあった
東山温泉旅館(のち、東山観光ホテル。昭和50年代中ごろ廃業)。
ここを経営していた、片端にある上條産婦人科医院の上條善太郎に招かれ(
取りもったのは須山計一)、約1年滞在した後、
柏亭自身の所有していた野尻湖の別荘に移り、そこでの冬越しにギブアップして
浅間温泉に戻ってきて暮らしたのが、現在のギャラリーゆこもりさんの建物です。
東山温泉旅館では、上條氏に請われてせっせと絵を描きました。
旅館からの眺め、松本市内をはじめ、いろいろなところに出かけて画題を探し
多くの絵を残しています。
終戦後も晩年まで、一年の内の1/3をゆこもりさんのところで過ごし、
県内の画家をはじめ多くの文化人と交流しました。
三代澤本寿や関四郎五郎などと、居宅の縁先で撮った写真を真似て
「わいわい」の参加者で記念写真を撮りました。
参加者の方がお持ちの掛け軸を見せてくださいました。
柏亭が暮らした湯こもりさんの建物も、お部屋から浴室まで見せていただきました。
風情あるお庭もちょうど紅葉が見ごろで素晴らしかったです!




























