ぼく自身は宗教の信仰はないため、独自の勝手な解釈で死後の世界を扱ってきました。
しかしながら、仏教や他の宗教についても部分的には同じようなことが述べられており、
それらの考え方を知らず知らずのうちに影響を受けていると思います。
実は死後の世界ということについては、あるかないかわからないため、
ぼく自身にとってはどうでもよいことなのです Σ(゚д゚;)
なぜ、ここまで長文で述べてきたかというと、単に書きたかったほかありません(笑)
今回の話において人に伝えたいことはあります。
思考・発想や考えた方というものは、誰からも何からも否定されないということです。
思考や発想が自分の頭から現実世界に飛び出た結果を、否定や肯定をされることはあります。
それは人に判断されることではなく、自分が自分自身に判断することでもあります。
この判断というものは現実世界に生きる上避けて通ることはできません。
自分で決めた思考や発想、もっと言えば思想や宗教、夢や希望というものは、
現実世界の行動によって試されているということです。
自分の心、魂の思うままに思考を巡らせ、
現実世界に適合する方法を模索していくことが生きる喜びであり、そのものの意味のような気もします。
自分の心というものと、現実世界に通じる手段に耳を傾け、
それらを磨きあげることができれば、
それは何物にも代えがたい大きな価値になると考えています。
うまくいかないこともありますが、それが生きる上での指標なのは間違いないです。
概念的なことが多い上、中二病とも取れる内容ばかりですね・・・
ただ、今のところぼくは、そう信じているため、なんともしようがないことでもあります。
最後に、魂次元について。
改めて言いますが、魂次元は仮定の話であり、
ぼく自身の感じる4次元の一部なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれません。
ぼくの感じる4次元というものも、よく分からないものをすべて別次元の仕業と考えているだけに過ぎません。
魂次元の存在は、生の次元に点として存在する「魂・精神」をひも解くとこが重要になります。
今後の科学や他の概念が「魂・精神」についてひも解くことができるようになった場合には、
魂次元の有無がはっきりする可能性が高いです。
魂次元の先までわかれば、死後の世界の有無やどのようなものかもわかるようになります。
おそらく、そこまで行ってしまうと世界は・・
なんにせよ、世の中は、
分からないからこそ面白いんですよね(゚∀゚)ノ