S-24.セラ研・外伝の13 | 南米・鳥獣虫魚・探遊

S-24.セラ研・外伝の13

ナッテリー外伝


「セラサルムスの研究」その10.ピゴセントルス属の結語で、「グランデ・オガワは、ナッテラーの化身とも言われている」というジョークを吐いた。今日は、そのナッテラーさんのお話をしよう。


1817年、オーストリア皇女のレオポルディーナがブラジル在住のポルトガル王子ドン・ペドロに嫁ぐとき、ポルトガル王室は、それまで門戸を堅く閉めていた他国のブラジル博物調査を三組だけ認めた。その人選は、ウィーン博物館に委ねられた。


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ブラジルの博物学発展のきっかけとなったレオポルディーナ


始めに決まったのが、ドイツの若い動物学者と植物学者コンビのスピックスとマルティウスである。2番目にはイタリア人植物学者ラディが選ばれた。最後に決まったのは大所帯のミーカン隊だったが、そのメンバーの一人に凄腕の博物ハンター、ナッテラーがいた。29歳のナッテラーは、すでに経験豊富な狩人であり、標本作成者であり、画家であり、言語学者だった(オレみたい・笑)。彼は隊長ミーカンと探検目的で意見が合わず、ブラジルでは単独行動をっている


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ナッテラーさん


ナッテラーはブラジルの南部、西部、北部のアマゾン流域を広範囲に歩きまわった。彼のブラジル滞在は、実に18年間にも及んだ。ナッテラーは、博物だけじゃなく、インディオ娘が大好きだった(笑)。ブラジルで結婚した婦人もインディオっこだった。彼は妻と2人の娘を母国のオーストリアに連れて帰った。しかし、婦人と末娘は慣れないヨーロッパの寒さのため肺炎に罹り、到着直後に亡くなっている。後年のウォレスは、ネグロ河の最上流地域でナッテラーの落とし子に出会って、「サクソンとインディオの混血がもたらした素晴らしい見本」と記述しているところを見ると、他にも各地で子孫をたくさん残していたに違いない(笑)。


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インディオのカワイコちゃん


ナッテラーの博物採集品は膨大だった。430個の鉱物、147個の材木、1024個の軟体動物、409個のエビ・カニ類、3万2825個の昆虫、1671個の魚類、1678個の両生類と爬虫類、125種類の卵標本と1万2293体の鳥類、1200体の哺乳類、そして216個のコイン(硬貨)も集めている。スイス人博物学者のゴエルディは、「最も注意深い、最も創造的な動物ハンター」と賞賛しているが、ナッテラーは脊椎動物を標本にするとき、それらに入っていた寄生虫まで丹念に集めている。フラスコで2000本もの標本は、南アメリカの寄生虫学研究の貴重な資料となった。


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ナッテラーが標本にした寄生虫


19世紀の博物ハンティングは、スゴく楽しかったに違いない。採るもの、採るものが新種だ。しかし、当時は熱病の治療法が確立されてなかったから、無名で消えていった悲運のハンターたちも少なくない。彼らは、ヤシの葉がやさしく影を落とす河畔の墓地で永遠に眠っている。


ところで、キミだったらレオポディーナさんとインディオ娘ちゃんのどっちを選ぶ? オレは、後者だね。何たって笑顔がステキだ。


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