行き帰りも含めると約1週間。片道12~13時間という過酷なフライトだったが、これを経験し、越えたことでキャパが広がったというかどんなフライトだろうが、かかってこいという感じ。ただバスだけはNG。横浜~成田間でキツイ。


 今回は全体的なNew Yorkの感想のみで。


 まずはやっぱり英語の聞き取れなさに萎えましたw こちらが言いたいことは伝えられるのだけど、ちょっと速くなったり、いわゆる日本教育、受験勉強で勉強してきたものにはない表現であったり、フランクな表現をされると勘に頼るしかない。大学の外人教師とかはいかに簡単な英語を使ってあげるかという点で相当ストレス溜まってるだろうなって思ったねw 英会話、これマジで頑張って身につけなければ。どんな店にしろ、もちろんスタッフによりけりだが、基本「働いているこちらが偉い、上」という意識が伝わってくる。陽気な彼らはもちろん客に話しかけてくるが、英語が話せない日本人には(と思われてしまっていると感じた)、まるで話してこない。何度かやりとりは出来たし、ギャグなんかも理解できた。こういう瞬間はたまらなく面白い。相方に日本人に何故話しかけないのかと問われたが、俺としてはよっぽどのことがない限り、わざわざ海外に行って何故日本人と話さなきゃいけないのかと思ってしまう。前述のとおり、苦労しながらも、現地の人とコミュニケーションを図れるということほど、面白い、楽しいことはないと思うのだが。まぁ情報を聞いたりなどという点では、良いと思う・・・あと女の子に国籍はないw 日本人だろうが、話しかけたいと思うよな。


 あとは、9.11の影響か、いたるところに国旗が掲揚されているっていうのが大きな印象。もちろん9.11以前を知らないので分からないが、祝日に一部の人が門前などに日の丸を掲揚しているのは見かける程度の日本人の俺としては異常ではないかと思うほどのpatriots,愛国心を感じた。おおげさではなく、回数的には100回は星条旗を見たと思う。もうひとつの考えは、多民族、多国籍が集まるNew Yorkだからかなとも思った。ここはAmericaだぞみたいな感じ?上手く言えないけれど。


 印象の良い悪いでいうと、捉え方によるけど半々。良い、スゲーと感じたのはやっぱり雰囲気。全てがくっきりしていて、オシャレというか、広告や店構えなんかとってもシンプルなのに、カッコよく思える。でいて、歩いている人はみんな良い目をしてるというか、生きた目というか自信に溢れている。あとオーラで活動的なのが伝わってくる。驚いたのは、activeさ。そこらじゅうみんなジョギングしまくってるからねw それがまたカッコイイ奴ばかり。走る人、子どもが遊ぶ風景、ベンチで読書etc.、Central Parkの雰囲気は最高だったし、常に動き回っている街中とは違うactiveさというのをあそこでは感じた。ホントに彼らは止まらない、赤信号もクソもないw 


 続いて、悪い印象。環境への意識の低さ。夜景として見ればものすごく素晴しくて圧巻なんだけど(“捉え方による”と言ったのはこの点)、いつまで明るいんだよみたいなのもあるし、Times Squareのネオンは環境問題の活動なんかしてる人から見たら、「は?」って感じなんだろうなってw もちろん東京などの日本の大都市も他の都市のことを言えたわけではないけどね・・・。もうひとつがゴミ。何でもありですw 分別とかはまるでない。紙ごみから、プラスチック、ビン、ペットボトル、何でもひとつ。街の美化という面で、ゴミ箱があちこちに置かれているのはとても良い。ポイ捨てと言う概念もなさそう。一部例外としてはスタバやマックとかは分別つきのゴミ箱が多かったが、清掃とか、店のスタッフの意識を見ると、個人個人の意識という点では日本の方が全然上な気がする。ただ、日本の街もそれなりにきれいだが、人口何かを比較すると、街の景観としてのレベルは高いと思った。


 街を歩いていれば、アジア人とかは観光客と現地のビジネスマンとではオーラが全然違うんだよね、一瞬で区別つく。こういうところにいると、やっぱりいろいろと洗練されていくんだろーなぁって思ったね。うらやましいw


 ニューヨークは人種のるつぼだ、アイルランド系市民、ユダヤ系市民、イタリア系市民、スペイン系市民、世界各国からありとあらゆる人種が集まってそれぞれの国の習慣や生活様式の違いをうまく溶かしこんで生活しているエスニック社会。

 

 そのなかでうまくやってゆくためには、相手の立場を認めること、アイデンティティーを見失わないこと、そして孤独に耐え得ることが必要条件。


 これは『島耕作』の中で、島耕作がNew Yorkへ赴任する場面(約20年前くらい)で書かれていたもの。今となってもこの文が非常に分かるというか、伝わり、通用する。こんな都市は他にはないのではと思う。これに付随するかもしれないが、人種というものは非常に意識した。まるで知識がないので、やみくもに思ったことを言うのは良くないが、素直に感じたことを・・・。日本でいうフリーターや今で言うと派遣アルバイト的なもの、いわゆるブルカラーというやつか、そういった仕事をしているのは圧倒的に黒人が多いと感じた。飲食店や、屋台、警備員、New Yorkを支えているのは間違いなく彼ら。行政や経済面ではなく。taxiのドライバーは圧倒的にプエルトリコ系やメキシコ系が多いと聞いた。こんなことは思いたくないし、書きたくもないのだが、職種として、あるていどの“区別”的なものを感じ取ってしまった。『島耕作』の中でも、こういった部分は書かれる。もちろん、弘兼さんの批判もあってのことか、理不尽は通らなくなる。ただこういったものは日本にいてはあまり感じない。日本の外資系ではそういったことは感じないし、WALL街でもそういった雰囲気はなくいろんな人種の人がスーツを着て、ベンチに座ってコーヒーを飲んでという、映画に出てきそうでもあり、思い描いていた通りの光景は目にした(もっともWALL街は観光客で溢れかえっていて、彼らにはかなり迷惑なことだろうと思ったw)


 なんか、これといって面白いことも書けず、ひたすら思ったことだけ書いてみた。Cambodiaのときは、人とのつながり、優しさ、温かさを感じまくり、アジアはいいなと思ったけど、今回は楽しいことと言えば、野球とかいわゆる観光スポットに行った時くらいで、あとは考えさせられたり、凹んだり、刺激の強い旅だった。正直、アジア人であることにコンプレックスも持ってしまった(日本に帰ってくれば、時々しか感じなくなったが)。喜怒哀楽で言うと、喜と哀の中間といったとこ、楽しいという感じはあまりない。

 

 今度、写真などもまじえ、備忘録で訪れたとこを時系列で書いてみようと思う。