今年もやってきた、Jリーグ開幕。第1節から面白くなってるね。具体的にこのチームはこうでああで何て言えないので、どこが優勝とかそういうことでなく、ただ単に注目したいのは、REDS、MARINOS、VERDY、YOKOHAMA FCかな、やっぱり。REDSは去年の悔しさからどういった戦いを見せてくれるのか、あとはACL連覇頑張ってほしい。MARINOSは地元ということもあるし、桑原監督が磐田だった頃はスゴク強いイメージがあったので、というのと、メンバーも他クラブと違い、あまり変わっていないので逆に楽しみ。ぜひ上位に食い込んで欲しい。

 

 VERDYは友達の影響もあるけど、J1復帰ということで、去年のYOKOHAMA FCの嫌~なイメージがあるのだけど、いい補強もしているし、開幕戦をハイライトで見る限り、川﨑相手に結構惜しい場面が多かったので期待したい。最後にYOKOHAMA FCは多くは言わないが、1年で“強くなって”帰ってきて欲しい、それだけです。


 サッカーがらみでひとつ。

「応援と観戦の乖離」と題された、あるコラムがものすごく身にしみたので、リンクでなく抜粋したい。


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「少なくとも、応援は世界に追いついた」との声に、僕はいささか抵抗を覚える。ACL(アジアチャンピオンズリーグ)を制し、クラブワールドカップに出場した浦和レッズのサポーターを、日本の各メディアはそう讃えたのだが、あのような応援スタイルが、世界のスタンダードではないことは、知っておいたほうがいい。

 赤をチームカラーにするチームは、世界にゴマンとあるが、あそこまで、真っ赤に染まったスタンドを、僕は過去に見たためしがない。身体を激しく上下に揺らしながら、応援歌を90分間、ほぼ途切れることなく、歌い続ける集団は無に等しい。世界の応援スタイルとは、一線を画した日本独自のスタイルだと言わざるを得ない。独自路線を爆走しているわけだ。だから、追いついたとか、越えたとか、そうした表現は、相応しくないのである。

 少数でアウェーに乗り込んだ応援団なら、まだわかる。アウェーのハンディを、選手から少しでも取り除いてやろうと、頑張って歌い続ける。これならまだ、世界にもギリギリあり得そうな光景だ。しかし彼らとて、基本的には観戦者だ。まず観戦ありき。応援を最大の目的に、わざわざスタジアムに足を運ぶわけではない。

 浦和のみならず、ゴール裏に陣取るJリーグの各クラブのサポーターは「見る」という行為が、いささか疎かになっている気がしてならない。常に声を張り上げ、身体を上下に揺らしていては、試合がよく見えるはずがない。

 それが端的に表れるのが、ブーイングのシーンだ。反応が決定的に遅いのだ。世界のサポーターに比べて、たとえば相手に有利に吹いた審判のジャッジに対し、異を唱える反応が確実に数秒遅れている。正面スタンドやバックスタンドで、静かに観戦している人の方が、むしろ反応は早いくらいだ。

 その応援風景は、殺気漂う圧倒的なものに見える。だが、少なくとも相手選手や審判は、最初はともかく、時間の経過とともに視線に鋭さが欠けていることに気づくことになる。彼らにとって本当に怖いものが、そこにはない。あるようでいてないのだ。一方、世界のスタンドにはそれがある。視線の鋭さこそが、スタジアムに殺気を漲らせているのだ。

 たとえば「カンプ・ノウ」に応援団はいない。試合中のスタンドは、滅茶苦茶静かだ。しかし、だからこそ、時にわき起こる歌声には迫力がある。ため息にさえ殺気を感じる。98,000人の観衆が瞬間、一斉にどっとつくため息だからである。ピッチに集中していない観衆が誰もいないことを意味するため息が、巨大なスタンドに響き渡った瞬間、そこには止めどもない戦慄が走る。

 それこそ小さなパス一つにも、拍手が出る。汚い反則をした相手選手にボールが渡れば、そのたびに、スタジアムにはブーイングが湧き起こる。アウェーサポーターの応援がこだますれば、すかさずそれを打ち消す口笛が、それを遥かに超える迫力で響き渡る。
 
 応援合戦で勝利を収めても、鋭い視線と集中力で劣れば、スタジアムに真の殺気は生まれないのだ。ホーム色も生まれない。応援のための応援に終わる可能性がある。サッカーというスポーツの、芯を食ったものとは言いにくいのだ。もっとも、僕の知り合いの中には、ゴール裏で見てたんじゃあ、よく見えないし……という声が多いことも確かだ。サッカー好きほど、観戦歴が長い人ほど、その集団から外れ、正面やバックで観戦する傾向が強い。

 その圧倒的な風景に、違和感を感じている人が、次第次第に増えつつあることも事実なのである。そして、そちらの方こそ、世界に近い気が僕はする。嘘だと思うのなら、是非「世界」へ。スタンドの風景に驚き、カルチャーショックを受ける人は少なくないはず。まずなにより、ピッチの上にしっかりと目を凝らす。ワンプレイワンプレイにキチンと反応する。これこそが基本。応援の大前提だと僕は確信している。(了)
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 まさにその通りだと思います。かなりこれに似た気持ちを抱いたのは昨季のJの最終節、伝説の横浜FC×浦和REDSでした。90分間、いや練習開始からハーフタイム含め、実質約2時間近く声を出し続けるAWAYのREDSに対し、大きさ・長さでも劣るHOMEの横浜FCの方が「観客」らしかったから。ワンプレー、ワンプレーに歓喜の声とため息、たまにブーイング。この方が絶対、選手に届くものもあると思う。野球なんかもメジャーは日本のようにラッパなんかないし、声だけの応援。これが本場の雰囲気作り。野球は芝生から観客集めまで結構課題山積みだよね。

 

チャンピオンズリーグのCELTIC×BARCELONA、1st leg、2nd legともに、素晴しいサポーターが素晴しい「観客」であったと思う。

 

サポーターの応援で、選手同士のコミュニケーションがしにくいなんて解説もある。ただ勇気付けるだけがいいサッカーを観る後押しじゃない。俺は熱狂的にどこのファンというわけでもないから、こういう意見なのかもしれない。

 

ただ、実際埼スタに行ってHOMEのREDSサポの雰囲気作りには圧巻だったし、Jリーグ独自の物があるというのは非常に喜ばしいことでもあるので、真っ向から否定というのもしたくないというのが正直なところ。でもあえて言うなら、試合中はやっぱり観ようよと言いたい。“見る”じゃない、“観る”。雰囲気作りは試合前で十分だと現時点では思う。