mixi「東京再発見」コミュの
「谷中散歩」に参加してきました。
谷根千として人気の町。
江戸時代には、上野寛永寺の子院ができ
また、幕府の政策により、神田付近の寺院が移転、
さらに、明暦の大火後に、消失した寺院が移転したこともあり
寺院がとっても多い地域です。
その昔には、農村だった場所ですが、
寺院が多いことからも、
江戸の人々の行楽地として発展したようです。
そんな谷中を、半日かけて歩きました。
スタートは、谷中銀座。
この坂は、夕焼けだんだん坂と名づけられました。
森山直太郎のPVロケ地だったことが
馬なりネスの、谷中銀座の印象です。
夕焼けだんだん坂ヨコの路地を行く
ノラネコくん。
創業100年ともなる、
竹かごの工房。
谷中銀座で、竹細工のお店を構えています。
NTTは、何をしようとしているのでしょう・・・
地域活性、再開発。
その先に、「持続可能性」がある「活性」はありません。
歴史、風土、文化。
それらが、継承されるからこそ、
土地のアイデンティが生まれ、
その土地の付加価値ともなるのです。
谷根千を谷根千のまま、
どうか残してあげてください。
路地の入り口には
昔懐かしい、街灯。
とても、心もとない灯りですが
だからこそ、灯りのありがたさを感じたものです。
みなさんは、お豆腐やさんの
ぷー、ぷー
という、ラッパの音を聞いたことがありますか?
懐かしい、その音を追いかけたら
こんな、懐かしいリヤカーの背中を発見しました。
馬なりネスの子供の頃
夕方になると、このラッパの音が聞こえ
そうすると、急いでボウルを抱え
母に言われたとおりに、「もめん」豆腐・「きぬ」豆腐
買いに走ったものです。
水に浮かぶ豆腐を
お豆腐やさんが、ブルーのパッケージに移し
とてもたくみに、ボウルに移してくれます。
その手つきが鮮やかで
1度でいいから、やってみたい!
そう、子供心に思った記憶が蘇りました。
夕方の、夕食の支度を始める
合図でした。
そして出会った、指人形工房「笑吉」
どの指人形も、表情豊かに
生き生きと、その人生を生きているようです。
工房では、大人3人集まると
指人形劇を披露してくれます。
残念ながら、時間がなく
見せていただくことができませんでした。
この指人形たち、
こんな仕組みになっています。
モノづくりは、
本当に、その人の生き様や人間性がでるなぁ・・・
改めて感じた工房。
ポストカードを購入しました。
言ったもん勝ち、でもなく
やったもん勝ち、でもない。
笑ったもん勝ち。
ステキだなぁ。
馬なりネスも、何のとりえもないけど
せめて、心いっぱい、笑っていたい。
谷中墓地には、
文化、芸能、商売、政治。
年代を超えて、様々な人が眠っています。
今の時代も、郊外の静かな霊園を好むように
江戸に生きていた人が、やがて眠りにつく場所として
この谷中を選んだくらい、
静かで、富士山がきれいに見えて
江戸を見渡すことができる場所だったのだろうと思いました。
・・・ただ、馬なりネスは人のお墓を見て
楽しいとは、これっぽっちも思えませんでした。
だって、眠ってる人も
知らない人にがやがや、来て欲しいとは思っていないと思うし。
せめて、お墓にお邪魔したら
手を合わせるくらいのマナーは必要ですね。。
大政奉還から143年。
江戸の暮らしの片鱗が、この町に残っています。
どの町にも、人々の暮らしがあり、思いがある。
たくさんの地域から、たくさんの人が
入れ替わり、立ち代り、この江戸・東京に暮らしています。
一見、この町の文化や伝統が見過ごされがちですが
それでも、この町に生まれ・育つ、
江戸・東京が「じもと」の、江戸っ子は、今でも存在します。
そんな江戸の「じもとのもん」。
大事にしていきたいと思います。











