幼少期の頃、私は無理やり保育園に行かせられ、毎日「行きたくない!」と、そう泣いても泣いても無理やり強い大人の力で引っ張って連れて行かれました。

 

 そこで待ち受けていたものは、保育園の若い女の先生からの叩く、怒鳴るなどの虐待と、男の子からの頬にパンチ!などのいじめ。しかもヒステリックな私の母親は、無理やり拒んでも何しても、私を保育園へと行かせました。

 保育園は、過酷でした。

 女の先生からのヒステリックな虐待と、そして男の子からのパンチなどのいじめ。しかも親に「保育園行きたくない!」と言って泣いても行かされる始末・・・・・・。

 助けてくれる人など、皆無でした。

 

 そこで、追い詰められ、助けてもらえなかった小さな5歳の私は、「もう、誰も助けてくれないから、あたし、世界の全てを拒否するんだからっ!!」というような内容を、強く想ったことを、思い出しました。

 そのせいか、大人になる現在でも、私には現実界と自分を隔てる透明な「膜」のようなものがあり、それが自閉症スペクトラム、ADHDの症状を助長させているのかもしれない、と最近気づきました。

 

 透明な、現実世界と自分を隔てる「膜」は、その幼少期に誰も助けてくれない大変な状態になってしまった時に、無意識に私自身が作ってしまったようです。

 その膜を作らないと、私自身を守れなかった。だから、無意識に世界全てを拒否し、否定し、作るしかなかった。私は過酷な環境で、幼少期に、世界の全てを拒否してしまったのです。

 

 自閉症スペクトラムとADHDの症状を助長させているのは、幼少期の5歳の頃、危険極まりない状況になったのにもかかわらず、母親など周囲の人間がそれを見過ごしたのか、知らないふりをして助けなかったことにあると思われます。そのせいで現実と自分との間に透明な膜を作ってしまい、それが取れないで今、とてつもなく不便で、精神障害者の手帳を持ち、精神障害者として生きざるをえなくなっています。

 この透明な「膜」があるせいで、私は人の会話をうまく聞き取れないことが多いです。

 ボソボソとしか私には聞こえないのに、他の人には、きちんとした会話として聞こえているようです。

 それから、自ら自閉となり、周囲にむいしきに「膜」を作っているため、その場の空気も読めない事が多いです。生まれつきアスペだと思います。が、そのアスペの空気を読めないその力を助長している気がします。

 それから、不思議なんですが、人の名前、聞いた次の瞬間に忘れます。人から自己紹介を受けても、必ず無意識にそうなってしまい、とても困っています。

 

 健康な定型発達の人でも、幼少期、誰も助けてくれない過酷な環境に置かれると、私のように自閉傾向になり、精神障害者の大人になってしまうこともあるかもしれないです。

 反対に発達障害を持って生まれた子供でも、認めてあげれば、私のような透明な膜を作らず、良い風に育ってゆくかもしれません。

 

 幼少期。それはとても大切な時間です。

 もし、子供が何らかの状態で苦しんでいるのを発見したり気づいたりしましたら、子供を助けてあげてください。

 問題が解決できるように、してあげてください。そして、現実と自分との間に膜の無い大人に成長でき、精神障害者手帳を持たなくて済むように、また発達障害があれば、それが軽くなるように、助けてあげてください。

 

 そうすることで、子供の未来は明るく輝くものになると、思います。

 幼少期の子供を、1人、窮地に立たせたまま、1人ぼっちにしないであげてください。