転載元:http://reveillet.exblog.jp/20816549/

海の異次元への扉がバミューダトライアングルなら、陸の異次元への扉はメキシコ北部のサイレンスゾーン。アナサジ(古代の人々の意味)の人々と中米古代文明の人々はサイレンスゾーンで繋がっていた。共通して語られる天空の人々とは背が高く、青白い肌をした人のことで、ミステリーゾーンで目撃もされている。今回は「別世界への入口」からです。いつものように、番組終盤に注目です。 

ペルー・チチカカ湖畔。「神の門」を使った神官であり王のアラムムルは人間によく似た宇宙人の種族。アラムムルは別の星座の別の惑星からやってきた。チャカラとは南十字星やオリオンの三星、プレアレス星団を意味し、チャカラが故郷の架け橋だという長老もいる。その根底にはスペースブラザーズの概念と関連がある。

古代宇宙飛行士説では「神の門」をワームホールの入口だとみている。これは別の宇宙空間、別の次元へとつながる抜け道のことである。ワームホールとは、一般相対性理論によって導き出された理論上のトンネルのこと。これは小さなパイプのように、離れた時空同士が繋がっていると考えるもの。

エネルギーのある所に異星人が好んで訪れるのは、機器を使用するためのエネルギーを得るためだけでなく、異星人が棲む世界と同じ周波数の波動をその土地が発しているからではないか。こうした不思議なエネルギーに満ちた土地は不規則に点在しているのではなく、ワールド・グリッドといわれる線上に位置しているといわれている。これは幾何学模様をなして地球を縦横に走るエネルギーの流れである。

イギリスからフランス、イタリアへと一直線に伸びるレイライン上には驚くべきことがある。

ワールドグリッド説は地球上の聖なる土地を結ぶと何らかの数学的な幾何学的な図形になる。この説は自然界と幾何学、科学と数学が一体のものとして理解された時代から唱えられている。

地球上の特殊な土地には立体図形が関連しているという考えは古く、古代ギリシャのピタゴラス教団まで遡るという。古代ギリシャのピタゴラス派の有名な哲学者と言えばプラトンです。プラトンは地球が12面体で様々な形の多面体を繋ぎ合わせて作られたものであると語っています。これはピタゴラス派の基礎となる学説なのですが、全ての物質は何らかの幾何学的な立体の形状をしていると。 地球もその一つだと考えられていた。」

科学が宗教や哲学と分離されていなかった時代、大聖堂を建ててきたローマ教皇庁はワールドグリッド説を知っていたのですね。ワールドグリッドを知っている彼らなら、フリーエネルギーを封じ込めることも、石油エネルギーで金儲けすることもできたであろうことは容易に理解できます。



この番組に出てきた南米ペルー・チチカカ湖畔の高原にある岩壁に掘られた「神の門」と呼ばれる、四角い窪み。今年3月、ペトラ遺跡を見学した際、これと全く似たものを神殿の中に見つけたときは、驚きました。ペトラはBC4世紀から1世紀ころ、アラビア半島から地中海の通商ルートの中心地として栄えたナバテア王国の首都で、2世紀ころにローマの属州に加えられた後も、6世紀ころまで栄えていた。しかし、1812年に発見されるまで、その歴史は闇に隠れたままでした。エジプトとギリシャの影響を強く受けた建物の様式から、彼らが崇拝したDushara神もまた、シュメールの古文書に登場する神々と似た神であったと推測されます。

生贄の儀式を行なう宗教、神殿に造られた「神の門」、岩壁に掘られた数々の王墓や住居、動物をかたどった多くの巨石。これらが意味するのは、ナバティア人もまた、古代ペルーや北米アナサジの人々と多くの共通点を持っているということ。ペルーの伝説に出てくる王であり神官のアラムムルのように、ナバティア人の王もまた、自ら天界へ移動する装置としてなのか、あるいは神と交信するためなのか、神殿の岩壁に岩の窪みを造らせたのはそうした理由からだったかも知れません。ペルーの岩壁に掘られた窪みの意味を知っていなければ、神殿を覗いた瞬間に、それが「神の門」だとは気が付かなかったでしょう。残念ながら、ツアーグループの中で誰もこの窪みについて話す人はいませんでした。



   

シーク(岩壁の狭い裂け目にできた通路)を少し歩いたところに、宗教的生贄の儀式を行なう場所がある。





儀式祭壇の向かい側にある、2頭の象に似せて彫られた巨岩。


さらに奥にはペルー・マルカワシ高原の神々の庭にあるような巨石群があり、ライオンや犬などに彫刻された岩がたくさんある。




ペルーの人々がいう「神の門」と非常によく似ている。岩壁に掘られた窪みからは、物理的にどこへも行けない。




こちらは少し荒削りな神の門(エド・ディル)。
赤いシャツのベドウィンの若者に、そこで何をしているのか尋ねたら、「ここにいるのが好きだから。」とか。そこは彼にとっても神聖な場所なのかも知れません。彼がいる場所まで高さ1.5mもあり、上ることができなかった。
 





シーク(入口あたり)で絵葉書を売るベドウィンの少年。観光客を見つけると「ワン・ダーラー、ワン・ダーラー(1ドル)だよ!」と言って近寄ってくる。11歳のベドウィンの子供はたくましく生きている。




観光客用に王国時代の戦士の衣装に身を包んだベドウィンの男性(シーク内)。ナバテア王国はなぜ滅び、なぜ19世紀まで闇に隠されていたのか、まったくの謎です。





シーク内にある崩壊した像。右は明らかに人間だが、左は一体、何の像だったのか。足をみると動物のようにも見える。





シークを抜けると、目に飛び込んでくるのがこのエル・ハズネ。岩の表面に掘られたファッザードの神殿。彫刻は非常に精緻で、特に直線は機械でしか削れないような見事なもの。神殿の奥には空間がなく、宝物庫などでは決してない。儀式用に造られた神殿で、この中でナバティア王国の神官であり王となった者が、異次元と交信する場所か、あるいは、ここから移動する異星間移動装置だったのかも知れない。ここが映画『インディー・ジョーンズ最後の聖戦』のラストシーンに使われた場所。





エド・ディルの天辺に上がった男性。一体、危険を冒してまで、何をしたかったのか。それにしても、2000年も前にこれほど精緻な彫刻技術があったのでしょうか。






エド・ディル、左の男性はこの神殿の上に登ったのです。神殿として造られ、後に修道士たちがこのあたりに住み着き、修道院と呼ばれるようになった。上の赤いシャツのベドウィンの若者が座っていたのがこの神殿の入口。神殿前に生えたわずかな草はヤギたちの貴重の食糧となっている。





円形劇場。ローマの影響をうけたとみられる。2~3世紀に岩を削って建築され、当時の人口は1~3万人、この劇場には5000人以上を収容できたといわれている。





エド・ディルを見下ろす丘の頂上に、ヨルダン王国の国旗がたなびく横に白いテントが張られていた。中にはベドウィンの男性が一人、土産物を売っている。突然、ラジオからコーランが流れてくると、おもむろに彼は楽器を手に取り、コーランを唱え始めた。

この日、アメリカのオバマ大統領がイスラエル・エルサレムを公式訪問中で、翌日がペトラ遺跡見学。翌日はエルサレムへ移動する私たちと、運よく、入れ替わる格好になりました。






http://youtu.be/S-y9z04pKLs



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