ただただ涙が流れる時があります
昨年の春、東京のとある教会に行きました
教会に行くのは初めて
私はクリスチャンではありません
けれども普段、イエス様ならこんな時どう言うかな?おしゃべりしてみたかった、と感じる時がありました。宗教上のイエスではなく、生身の人としてのイエスと話して見たかった。そんな風に時折思うのです。
何か教会に赴くと良い気がして、
友達に会うために上京した際、立ち寄ったのでした
しばらく、娘と教会の席に座らせてもらいました
すると、
ただただ涙が溢れてくる。
「ただただ君を想う。ただ想う。」
と頭に言葉が浮かびます。
同じ言葉が繰り返し繰り返し。
「ただ想う。ただ君を想う。」
その度ごとに涙が流れます。
この時、どういう事が起こっていたのか、私にはクリアには分かりませんでした。
ただ、離婚をした事、叶わぬ恋をしていた事、それらを経験していた私でしたが、
神の前に心が緩み、心がほぐれたのかもしれません。
また、神がこの世にいたとしたら、そんな私を想っていてくださる。
そういう気持ちとつながったのかもしれません。
あれから、一年近く経ち、
今日も不思議な涙が溢れてきました
けれども、あの時と違うのは
心の伴侶を今私は得ていて、
現実的に包まれているという事。愛に包まれているという事。
あの時、神の愛しか私の心を緩めるものは他になかったのだけれども、
今はあの時の声は神ではなくて、今の伴侶なのではないかと
あの時は現実的に接点が少ない関係だったけれども
今の伴侶が、過去の憐れむべき私を見て
愛を送ってくれたのではないかと。
時間は過去から未来にしか流れていないように見えるけれども
今の私には、今の伴侶が未来からあの時の私に時間を逆方向にして、
メッセージを送ってくれていたのではないかと。
やや確信めいて思うのです。
