BSプレミアム クラシック倶楽部 2014年10月7日



  堀米ゆず子 円熟の響き~バッハとッブラームスを弾く~


 バイオリンソナタ 第3番二短調作品108        ブラームス作曲
          バイオリン:堀米ゆず子
          ピアノ:リュック・ドゥヴォス

 無伴奏バイオリン・パルティータ第2番BWV1004       バッハ作曲

 無伴奏バイオリン・ソナタ第3番から ラルゴBWV1005   バッハ作曲
          バイオリン:堀米ゆず子

  [収録:2012年8月1日、6日/東京・上野学園メモリアルホール]

    堀米ゆず子
プランナー、ヴァイオリン:堀米ゆず子
 1957年、東京生まれのバイオリニスト。5歳よりバイオリンを始める。久保田良作、江藤俊哉に師事。子供のための音楽教室、桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部卒業。
 1980年日本人として初めてエリザベート王妃国際コンクールで優勝。以後ベルギーを本拠として国際的な活動を行っている。現在、ブリュッセル王立音楽院客員教授。
 日本の弦楽器奏者では現代作品に理解がある事で知られている。武満徹の未完に終わった「バイオリン協奏曲ソングライン」は彼女を想定して作曲が続けられていたこともあったが、完成を見ずに武満徹は他界している。
 また、ジェイムズ・ディロンのバイオリン協奏曲は堀米ゆず子により日本初演されている。
 2曲目のプロコフィエフのバイオリン・ソナタ第2番は番号こそ第2番になっているが、実際には出版時の都合によるもので作曲そのもは第1番より先に作曲されている。
 1942年、プロコフィエフはこの曲を当初はフルート・ソナタとして作曲したものである。
フルート・ソナタの方は1943年の夏に疎開地のウラル地方で完成され、同年12月にモスクワにおいてN.ハリコフスキーのフルート、S.リヒテルのピアノにより初演。
 この時会場にいたD.オイストラフは、プロコフィエフにこれをバイオリンのために編曲する事を提案し、プロコフィエフもそれに応じたという事である。プロコフフィエフはオイストラフのアドバイスを受けて原曲をバイオリン用に直し、1944年に完成。
 バイオリン・ソナタとしての初演は1944年6月17日のことで、モスクワにおいてオイストラフのバイオリンとオボーリンのピアノにより行われている。