2010.03.05 Friday
クラシック・アラカルト カルミナ弦楽四重奏団 室内楽コンサート
  ハイビジョン クラシック倶楽部 2010年3月3日 Bモード・ステレオ

     クラシック・アラカルト
  カルミナ弦楽四重奏団 室内楽コンサート

 弦楽四重奏曲 第2番 作品17  (バルトーク作曲)

        
        カルミナ弦楽四重奏団
    第1バイオリン: マティアス・エンデルレ
    第2バイオリン:   スザンネ/フランク
    ビオラ    :ウェンディ・チャンプニー
    チェロ    : シュテファン・ゲルナー

    [収録:2009年6月13日,第一生命ホール]

 1984年。スイスで結成。「パオロ・ボルチアーニ賞」国際弦楽四重奏コンクールで大成功を収め、国際的メディアで報じられた事で、その名を世界的に知られる事になる。フィナンシャル・タイムスに「将来は約束された」と評され、今まさに世界をリードするカルテットである。
 S.ヴェーグ、アマデウス弦楽四重奏団、ラサール弦楽四重奏団等に師事。N.アーノンクールとの出会いは、彼らにオーセティックな奏法への強い創造的関心を引き起こした。
 内田光子、レオンスカヤ、パユ、モルク、W.マイヤー、S.マイヤー、メネセス、ハーゲン、ベーア、ホルツマイヤー等と共演。
 現在は、スイスヴィンタートーアのチューリッヒ音楽大学を拠点として、自らの豊かな経験と優れた芸術性を次世代へ伝えている。(参考資料:トリトン・アーツ・ネットワーク)
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2010.03.05 Friday
クラシック・アラカルト パノハ弦楽四重奏団 室内楽コンサート
 ハイビジョン クラシック倶楽部  2010年3月3日 Bモード・ステレオ

    クラシック・アラカルト
  パノハ弦楽四重奏団 室内楽コンサート

 1.弦楽四重奏曲二長調作品76第5「ラルゴ」   (ハイドン作曲)
 2.バレエ組曲「ドン・ファン」から「ピチカート」(グルック作曲)


           パノハ弦楽四重奏団
      第1バイオリン:    イルジー・パノハ
      第2バイオリン: パヴェル・ゼイファルト
      ビオラ    :ミロスラフ・セフノウトカ
      チェロ    : ヤロスラフ・クールハン


      [収録:2009年12月5日,トッパンホール]

  パノハ弦楽四重奏団
 パノハ弦楽四重奏団は弦楽器王国ともいうべきチェコの誇る、代表的な弦楽四重奏団。往年のスメタナ弦楽四重奏団の育ての親であるヨゼフ・ミッカの弟子達によって結成され、1971年に正式に活動を開始。以後1975年のプラハでの国際弦楽四重奏コンクールにおいての優勝を皮切りに、ヨーロッパ全土、アメリカ、カナダ、日本、イスラエル他においても定期的に演奏会を行ない、エジンバラ、ザルツブルク、プラハ等の国際フェスティヴァルに参加している。
 録音にも積極的で、そのレコードは多くの賞を受賞。特に1983年にはメルティヌーの弦楽四重奏曲第4番、第6番の録音に対してパリでアカデミーシャルル十字勲章を受賞している。ドヴォルジャーク、スメタナ、マルティヌー、ヤナーチェクなどのチェコの音楽に重点をおいて活動しているが、広範囲にわたる彼らのレパートリーにはハイドン、モーツアルト等のウィーン古典派やロマン派の作品、そしてバルトーク、ショスタコーヴィチといった近・現代の作曲家までも含む。
 パノハ弦楽四重奏団は現代の世界の有力カルテットの多くと同様、切れ味のよいアンサンブルの呼吸の持ち主であるが、その響きは現代風の冷たいタッチとは一線を画し、ボヘミア独特の練り絹の手触りのようなしなやかな感触があるのが大きな特徴である。1980年に初来日し、その後も来日を続け、近年では草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルに毎年出演。舞台に上がるたび、完璧な技巧と温かみ溢れる音色で聴衆を魅了している。

  イルジー・パノハ
 1950年、クラドノ生まれ。8歳よりバイオリンを始め、10歳でオーケストラと共演してデビュー。12歳でブラティスラヴァの背年創作活動コンクールに優勝、翌年からミッカに師事。1966年から1972年までプラハ音楽院に在学。はじめに三重奏団を結成したが、1968年にパノハ弦楽四重奏団を結成。独奏者としては1969年のチェコ文化省主催独立50周年記念コンクールに優勝し、国内外でおおくのリサイタルを行なった。さらにプラハ音楽院学生室内オーケストラのコンサートマスターとしても卓抜な才覚を示し、1972年に西ドイツで行なわれたカラヤン主宰の室内オーケストラのコンクールで第1位金賞を獲得、さらにカラヤンの指揮のもとに行なわれたコンサートマスターのコンクールでも優勝。1972年からプラハ音楽アカデミーでスメタナ弦楽四重奏団のアントニン・コホウトに師事。研鑽を重ねる。

  パヴェル・ゼイファルト
 1952年、プラハ生まれ。2歳の頃から天才的な音楽性をあらわし、歌を楽しみながら、音楽学校のピアノ・クラスに入学。あるとき聴いたパノハのバイオリンに衝撃を受けて、11歳でバイオリンを始め、1967年から1972年までプラハ音楽院に在学、パノハと同じくチャペク、ミッカに師事し、1968年からパノハ弦楽四重奏団に参加、1972年から1977年までマでプラハ音楽アカデミーで学ぶ。多多才なゼイファルトは13歳でテレビ番組の主役を演じたが、パノハの三重奏団が弦楽四重奏団に拡大されるとき、ミッカの説得で第2バイオリン奏者となり、現在に至る。

  ミロスラフ・セフノウトカ
 1952年プラハ生まれ。7歳からバイオリンを始める。その後ミッカの勧めでビオラを始め、普通中学・高校に通いながらボミール・マリーに師事。卒業後、1970年から1977年までプラハ音楽アカデミーでスメタナ弦楽四重奏団のミラン・シュカンに師事。病気で辞めたフルージュの後を受けて、1971年以来パノハ弦楽四重奏団の一員となる。

  ヤロスラフ・クールハン
 1950年、チェスケー・ブジェヨビツェ生まれ。11歳から本格的に音楽を学ぶ。R.ビーザにチェロの手ほどきを受けた後、1966年からプラハ音楽院で学ぶ。在学中は、室内オーケスラのソロ・チェリストとして活躍し、1968年からパノハ弦楽四重奏団に参加、1972年からはプラハ音楽アカデミーに進む。チェコ・フィルのヨセフ・ネコラのもとで室内楽を学び、プラハ音楽院、音楽アカデミーを通じてヨセフ・フッフロに師事。
                     (カメラータ・トウキョウの資料による)