2010.01.28 Thursday
ピエール・アンタイ チェンバロ・リサイタル
 ハイビジョン クラシック倶楽部 2010年1月27日 Bモード・ステレオ

  ピエール・アンタイ チェンバロ・リサイタル
 
 1.「フィッツウィリアム・ヴァージナル」曲集から (ウィリアム・バード作曲)
     野生の森
 2.「私のネヴェル夫人」曲集から         (ウィリアム・バード作曲)
     私のネヴェル夫人のグラウンド
 3.トッカータホ短調                 (フローベルガー作曲)
 4.プレリュード「フローベルガー氏を模倣して」   (ルイ・クープラン作曲)
 5.「クラゔサン曲集」第3管組曲第17番から  (フランソア・クープラン作曲)
     ラ・フォルクレ
 6.ソナタハ短調K.175           (ドメニコ・スカルラッティ作曲)
 7.イギリス組曲第2番イ短調BWV807             (バッハ作曲)
     1.プレリュード
     2.アルマンド
     3.クラント
     4.サラバンド
     5.ブーレ1,2
     6.ジーグ
 [アンコール]
   「クラヴサン奏法」から         (フランソア・クープラン作曲) 
      第8番ホ短調プレリュード
 
              チェンバロ:ピエール・アンタイ

        [収録:2009年11月30日,武蔵野市民会館小ホール]
  
  ピエール・アンタイ
 1964年、パリ生まれ。彼はフランスのクラヴサン奏者であるが、指揮もする。父親はフランスに帰化したマジャル人画家のシモン・アンタイである。
 11歳の時、パリでアルテュール・アースにチェンバロを学び、その後2年間アムステルダムに留学してグスタフ・レオンハルトに師事。1982年にブルッへ国際古楽コンクールで第2位を受賞している。
 たびたび古楽アンサンブルと共演しており、1987年にはシギスヴァルト・クイケン指揮ラ・プティット・バンドと、1989年にはジョルディ・サヴァール指揮ル・コンセール・デ・ナシオンと活動を共にした。2004年に自らも古楽アンサンブル「ル・コンセール・フランセ」を結成し、その監督と指揮を務めている。

 今回の演奏ののなかで、最初の2曲はウィリアム・バードの曲であまり頻繁には聴かれない曲であるが、彼は1540年ごろに生まれたといわれている。イングランドで活躍したルネサンス音楽の作曲家である。「ブリタニア音楽の父」として現代イギリスにおいて敬愛されている。
 彼の歴史を少し紐解くと、エドワード6世とメアリー1世のチューダー朝の時代に王室礼拝堂の音楽家であったトマス・バードの子供として生まれ、王室礼拝堂少年聖歌隊の一員としてトマス・タリスから音楽を学んだとされている。1572年には王室礼拝堂オルガニストとなり、トマス・タリスと同僚となった。2人はエリザベス1世の手厚い保護を受けたとされる。
 ところが当時は、イギリス国教会とカトリックが混在する時代にあって、カトリック教徒であったバードは弾圧から逃れるため1570年代にロンドンからハーリントンに移住した。
 国教を拒否したカトリック教徒に対する弾圧は1580年から更に強化され、1585年には国教忌避者リストにバードが記載された。その後、カトリック教徒であったジョン・ピーター卿の保護を受け、エセックスのスタンドン・マッシーで晩年を過ごしたといわれている。
 バードは、カトリック教徒であると同時に王立礼拝堂楽員であったため、その音楽は国教会のために作曲され、英語による「グレート・ザービス」は、最も優れたイギリス国教会音楽のひとつである。
 しかしバードの声楽曲の最高傑作は、国教会のイギリスにおいてカトリックの信仰を貫いたバードの信念が感じられるラテン語ミサ曲やモテットである。特に、3声,4声、5声の3曲のラテン語は、ルネサンス音楽全体のなかでも傑出した作品といわれている。