2009.07.27 Monday
N響アワー アルプスに登る交響曲
N響アワー:2009年7月26日放送 教育テレビ 地上デジタル
N響アワー アルプスに登る交響曲
今回のテーマはリヒヤルト・シュトラウスの傑作「アルプス交響曲」が取り上げられた。
彼は後期ロマン派を代表する作曲家であり、こよなく山を愛した作曲家でもありました。シュトラウスが14歳の頃に、ドイツ・アルプスのツークシュピッツェに向けて登山をした時の体験が元となっている。 アルプスの山並みを望む、ガルミッシュ・パルテンキルヘンの山荘で構想を練ったといわれている。夜明けに登山をはじめ、牧場や氷河を抜けて頂上へ到着、途中で嵐に遭いながら下山、そして夜を迎える。アルプスの登山者の歩みがこの曲の中で巧みに表現されています。14歳のリヒヤルト・シュトラウスはドイツ最高峰のツークシュピッツェ山に登山中嵐に遭った彼本人の実体験が音楽の構想に取り入れられているというわけです。
1911年からガルミッシュ・・パルテンキルヘンの山荘で「アルプス交響曲」としてのスケッチを開始し、1914年から本格的な作曲に取りかかったのである.
アルプス交響曲 作品64 (リヒヤルト・シュトラウス作曲)
[収録:2009年4月10日,NHKホール]
管弦楽: NHK交響楽団
指 揮:エド・デ・ワールト
ー司会ー
西村朗 (作曲家)
岩槻里子(アナウンサー)
このアルプス交響曲については各方面からいろいろな意見や評論がありますが、例えて言うと串田孫一などはこの音楽などは山登りのことをよく知らない人の音楽であると、辛辣なことを随筆に書いています。しかし、そのような事は随筆として、それなりにひとつの意見として書かれたものとして、それはそれでいいと思います。
リヒヤルト・シュトラウスはこの音楽を作曲するにあたり、彼なりの少ない山登りの経験かもしれないが、彼は子供の時から単に山が好きだったこともあり、パルテンキルヘンのやまを眺めてわき上がるインスピレーションがその情景を音楽表現したものでるのであって、山登りの知識についてはあまり関係がなうように思います。
この曲は山登りのための方法を音楽にしたものではないのであって、シュトラウスが実際に山登りを体験した印象などから曲想を考え出したもので、その音楽の値打ちに影響するものではありません。なにはともあれ、この音楽の素晴らしさは何時までも続くことでしょう。
N響アワー アルプスに登る交響曲
N響アワー:2009年7月26日放送 教育テレビ 地上デジタル
N響アワー アルプスに登る交響曲
今回のテーマはリヒヤルト・シュトラウスの傑作「アルプス交響曲」が取り上げられた。
彼は後期ロマン派を代表する作曲家であり、こよなく山を愛した作曲家でもありました。シュトラウスが14歳の頃に、ドイツ・アルプスのツークシュピッツェに向けて登山をした時の体験が元となっている。 アルプスの山並みを望む、ガルミッシュ・パルテンキルヘンの山荘で構想を練ったといわれている。夜明けに登山をはじめ、牧場や氷河を抜けて頂上へ到着、途中で嵐に遭いながら下山、そして夜を迎える。アルプスの登山者の歩みがこの曲の中で巧みに表現されています。14歳のリヒヤルト・シュトラウスはドイツ最高峰のツークシュピッツェ山に登山中嵐に遭った彼本人の実体験が音楽の構想に取り入れられているというわけです。
1911年からガルミッシュ・・パルテンキルヘンの山荘で「アルプス交響曲」としてのスケッチを開始し、1914年から本格的な作曲に取りかかったのである.
アルプス交響曲 作品64 (リヒヤルト・シュトラウス作曲)
[収録:2009年4月10日,NHKホール]
管弦楽: NHK交響楽団
指 揮:エド・デ・ワールト
ー司会ー
西村朗 (作曲家)
岩槻里子(アナウンサー)
このアルプス交響曲については各方面からいろいろな意見や評論がありますが、例えて言うと串田孫一などはこの音楽などは山登りのことをよく知らない人の音楽であると、辛辣なことを随筆に書いています。しかし、そのような事は随筆として、それなりにひとつの意見として書かれたものとして、それはそれでいいと思います。
リヒヤルト・シュトラウスはこの音楽を作曲するにあたり、彼なりの少ない山登りの経験かもしれないが、彼は子供の時から単に山が好きだったこともあり、パルテンキルヘンのやまを眺めてわき上がるインスピレーションがその情景を音楽表現したものでるのであって、山登りの知識についてはあまり関係がなうように思います。
この曲は山登りのための方法を音楽にしたものではないのであって、シュトラウスが実際に山登りを体験した印象などから曲想を考え出したもので、その音楽の値打ちに影響するものではありません。なにはともあれ、この音楽の素晴らしさは何時までも続くことでしょう。