共振の月21日・KIN37赤いスペクトルの地球


ちょっと前の話ですが、中日の落合監督が野球殿堂入りしたそうです。

おめでとうございます~パチパチ。


私、筋金入りの落合ファンでございます。


彼がロッテ時代に最初の三冠王を取ったときからだもん。

古いですよ~。


彼の著書「なんと言われようとオレ流さ」は私のバイブルです(笑)。



元々「オレ流」な人は好きですが、そういう人が全員好きなわけじゃないし

落合の場合それだけじゃないなにかがある。

だからそんなに好きなんだよね。


でもそれってなんだろうかと・・・今回の受賞に関する

とある新聞記事を読んで分かりました。



その新聞記事にはこう書いてありました。



「落合は「オレ流」と言われるように

人がなんと言おうと人にどう思われようと

他人からの評価を全く気にせずに自分を貫くイメージがある。

しかし実は彼は今回の野球殿堂入りを切望していたそうだ。

これは例えば三冠王のように自分の実力で取る賞ではなく

投票によって決められる賞だから

そういう賞を彼が望んでいたのは正直意外だった」


つまり、落合の中にも他人から評価されたいという思いはあったのです。

そして彼は頭がいいから、どうすれば評価されるかも分かっていたはず。


けれど、必ずしもそうはしなかった。

彼はあくまでも自分の信じるようにやってきたのです。

そこはブレませんでした。


それは単なる反抗心ではなく、彼の美学(信念)を貫くためで

その上でそれを他人からも評価されたかったんでしょう。



すごいなー。



彼は人からの評価を気にしない人間ではない。

(むしろ気にする方じゃないかと思う)


さらに人から理解されない・批判されることでたくさん傷ついてきたはず。

(落合は人一倍繊細な人なんですよ)


なのに彼はそれよりも自分の美学を貫く方を選ぶ。



人からの評価を全然気にしない「オレ流」ではなく。

なんと言われようと傷つかない「オレ流」ではなく。


私は落合のそんな誇り高さに共感してしまうんですよ。

私もそうでありたいと思うし~。



そうか、だから私は中学イケテない人たちにも共感してしまうのね(笑)。


↑ 違うかな