病人を二人、夫と長男だが、を抱えていて、毎日が一喜一憂である。
長男は足の指の一部が欠損していて、彼が足を気にしていると、どこかもっと悪くなったのではないかと、ドキッとする。でも詳しく聞こうとすると、機嫌が悪くなるので聞けない。
かつて、次男が中学時代不登校になって、大変だった。その当時、少しばかり仕事が上手くいって羽振りが良くて、私立中学に行かせたのだが、次男には合わなくて、一年生の一学期を終えたところで脱落してしまったのだった。今思えば、私立中学独特のハイソサエティの環境がしんどかったらしい。それまでは、裸一貫、腕一つ、の環境だったのだから。
その後、結局本人の希望で、山村留学ならぬ、海浜留学と言うのが有って、僻地の海沿いの村の中学に転校したのだった。そこで、漁師さんの家に寄宿して村の中学校に通ったが、色々問題行動が有って、中学三年生には自宅に戻り、最寄りの公立中学校に通ったのだ。
高校時代も、やれ中退するなどと言って少し荒れてもいたが、なんだかんだ言いながら、浪人して後に大学まで行って、今では4人の子持ちである。
こうして書いていれば、難なく進んだような気もするが、不登校中は、テレビで、不登校の話を聞いただけで、私は過呼吸に陥ったりした。本当に大変で苦しかった。毎日泣かない日は無かったような気がする。
そして今又、長男の病である。真に苦労の種は尽きない。
私自身の生き方に間違いがあるのではないかと、何度も自分を責めて、医者に罹って、精神安定剤を少し飲んでいた時もあった。特に、私たちの様に、普通の生まれではない?在日韓国人なので、どこか外れた教えを子供たちにしていたのではないかというコンプレックスがるので、そう考えると辛かった。
でも、完璧な親なんていない、と周囲に諭されて、少しずつ立ち直って行ったりした。
この世に生を与えた親としての務めだけは精いっぱい果たしたいと、いや果たさねばならないと考えている。
まだまだ死ねないなあ!
